死体は語る

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 それにしても法医学者と言う肩書きを取ったとしても、彼は自分の周りには全くいないタイプの人間である。少々気後れするがとにかく最初が肝心だ。こういう職人っぽいというか、科学者っぽいというか、芸術家っぽいというか、平たく言えば掴みどころのない人間には、背伸びをせず素直に行くのが定石というものだろう。 「ええと、僕は七尾君とは地元が同じでして、中学高校とサッカー部のチームメイトでした。大学は別々で──あ、大学が違うなんて改めて言うことでもないですよね。僕はちっぽけな雑誌の記者で、七尾君みたいな立派なお医者ではないわけですから。ああ、すみません余計なことを。ええと、兎にも角にも七尾君とは進んだ道は違えど今でも親しくお付き合いさせていただいてます」  我ながらひどい自己紹介だ。 「ほう。で、君、私の仕事に興味があるのかね? 私自身はごらんの通り地味でつまらん男だよ」  蟹江はそう言いながら向かいの椅子にドスンと座ると、こちらを観察するように少し前かがみになった。俺も腰を下ろした。真向かいで、ゆるく波打つ前髪の奥からこっちを見る蟹江の目に俺は軽い金縛り状態になった。 それは深い沼の底から静かに見澄ましているような眼だった。  自動販売機の明かりを背にして目の前にいる大柄な蟹江のシルエットは、ただ座っているだけでも結構な威圧感がある。
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