死体は語る

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「で、恩田君……でいいのかな。密着とはどういう風に進めるのかね」  蟹江は意外と密着という言葉に抵抗がなさそうで自分から話を切り出した。その言い方は楽しんでいるようにも、思えなくはない。 「お時間が大丈夫でしたら、今からここで三十分ほどお話をお聞きしたいのですが。それからお邪魔にならない程度に先生のお仕事ぶりを拝見させて頂くのと、その合間合間に少し質問をさせて頂くという形になります」 「ああそう、かまわんよ、見るところがあるのならね。彼女が来るにはまだ時間があるから──で、もう密着は始まってるんだね。どうぞ何でも聞きたまえ。全部答えるとは限らんがね」 「ええもちろん差し支えないところで結構です。先生、恐れ入ります……今、彼女がお見えになると仰いましたか……?」 「ああ若い彼女だ。なんなら取材にかこつけて君にも会わせてあげてもいいよ。密着なんだから」 「え? そうですか、それは楽しみにしておきます」  唐突に彼女とは、しかも若い彼女とは。  やはりこの御人は一筋縄ではいかなさそうだ。それにしても仕事はこれからだろうに、彼女を仕事が終わるまで待たせるのだろうか。仕事終わりに軽く一杯お付き合い頂けないかと思っていたのだが──仕方ない。  とりあえず仕事だ。  俺はまずは蟹江の許可を得て、ボイスレコーダーをテーブルの上に置いた。 「では早速お聞きします。蟹江先生が臨床医ではなくて、監察医に就かれた理由をお聞かせ頂けますか。つまり生きた患者さんを相手にするのではなく、亡くなった人を相手にするという意味ですが」  蟹江は背もたれにゆっくりと体を預け腕組みをした。 「ふーむ、この仕事に就いた理由かね。私が生きた人間全般が苦手ということ以外では……そうだな、言えば少年時代の強烈な体験のせいかな」 「強烈な体験ですか」 「そう……君が完全なる部外者だから言うがね、それは今でも深いトラウマになっている。その体験に導かれてこの職についたってところかな。使命感とでも言うか、これぞ我が天職だと人生を捧げたわけだよ」 「先生それは一体どんな体験でしょうか。お差し支えなければお聞きしたいです」
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