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【プロローグ】
迷い込んだ林で山賊に襲われた。木々の間を駆け抜け、小川を飛び越えて逃げ回っていたのだが、ついに追い詰められてしまった。
ガシッ
「うわっ」
木の幹に突き刺さった矢がビンビンと揺れる。レイチェルが振り向くと女が弓を構えていた。
「今度は脅しじゃないわ」
山賊は七、八人いる。弓を持った女が首領のようだ。
「どこへ行くの」
「ルーラント公国のカッセル城砦です。でも、ちょっと道を間違えたみたい」
「カッセル、あんなところは何もないわ」
「そうですか。カッセル守備隊に行くんだけど騙されたのかな、温泉があって、のんびりできると言われたんだけど」
「残念だな、温泉があるのはチュレスタの町だよ。お前、城砦のメイドにでも雇われたのか」
「カッセル守備隊の隊員に採用されました」
「兵士か、ならば容赦はしない。残念だが、ここがお前の墓場になるだろう・・・その前に名前を聞いておこうか」
「レイチェル」
「ミッシェルだ。この辺りを取り仕切っている」
山賊の首領が名乗りを上げた。
「こんな小娘を兵隊にするとは、カッセルの砦はよほど人が足りてねえんだな。おかげでこっちは仕事がしやすいってもんだ」
モジャモジャした髭面の山賊が言った。
「みなさんの仕事って、山賊屋さんですよね」
「そうだとも、分かってりゃ話は早い。さっさと金を出せ」
「お金ですか」
「金を奪ったら、温泉宿のメイドに売り飛ばしてやろう。チュレスタの温泉宿で人手を探してたぜ。何でも近々お偉いさんが来るんだとか」
「メイドがいいか、それとも、ここで死にたいか」
「どっちもお断り」
「若いのにいい度胸だ、殺すには惜しい・・・」
ミッシェルが撃てと命じた。
ビュッ
レイチェルめがけて矢が飛んだ。
しかし、山賊の放った矢は当たらなかった。レイチェルが飛んできた矢を素手で掴んだのだ。
「ほう、やるね、レイチェル。矢を受け止めるとは驚いた」
「返すよ」
レイチェルは何事もなかったようにミッシェルの足元に矢を投げ返した。ミッシェルは矢を拾い上げ、
「こんな奴は初めてだ・・・」
と、しきりに感心した。
「いいだろう、見逃してやるとするか。せいぜい守備隊で頑張るがいい」
「ありがとうございます。言われなくても逃げたい気分でいっぱいです。でも、その前に」
レイチェルは背負っていた背嚢から布袋を取り出すと、
「取っておきなはれ、山賊屋さん」
そう言ってモジャモジャ髭の男に向かってポンと投げた。袋を拾った山賊が中を開けてびっくりした。
「金だ」
「最初からお金が目当てだったんでござんすね。遠慮はせんといて」
ござんすね、せんといて、レイチェルの言い方がおかしいので山賊の間から笑いが漏れた。
「お前のしゃべり方は変だぞ。かわいそうに、頭の打ちどころが悪かったようだな」
「頭なんか打ってないっしょ。緊張してござるのよ」
レイチェルは身体に備わった特殊な能力を使うと副作用が現れる。意味不明な言葉を口走ったりするのだ。今も飛んできた矢を掴んだことでその症状が出てしまった。
「タダで貰うというのは山賊の名が廃るっていうもんだ。少し返そう」
首領のミッシェルが銀貨を数枚投げ返した。
「ところで山賊屋さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
レイチェルは銀貨を拾ってポケットに押し込んだ。
「これからはルーラント公国ではなく、お隣のバロンギア帝国の領内で山賊稼業をやってくれませんか。守備隊に勤務するので、カッセル宛ての荷物を奪われると困るんです」
「よし、いいだろう。せいぜいバロンギアの隊商を狙うとしようか」
レイチェルが進んで金を差し出したので、山賊たちはすっかり物分かりが良くなっている。
「この辺で近い砦は・・・シュロスの城砦だったな。お前たち、明日から、さっそく仕事だぞ」
首領のミッシェルがシュロスの城砦への荷馬車を狙うと請け合ってくれた。
「ところで、お姉ちゃんに相談だ」
山賊が髭を摩りながら言った。
「あんたは兵隊よりも山賊に向いていると思うんだが」
「はあ、山賊に向いてるって・・・それは気のせいです、たぶん」
「山賊は気楽でいいぞ。いっそのこと嫁にならないか」
「ギクリ」
「こりゃあいい、おめでたい話だ」
ミッシェルが笑った。
「ヤバい」
山賊が迫ってきた。これから兵士になろうというのに、山賊の嫁にされてはかなわない。レイチェルは一目散に逃げ出した。
「助けてー」
その夜、レイチェルは崖の中腹に洞窟を見つけて眠った。洞窟の奥には泉が湧き出ていて、キラキラ光る赤や青の石が沈んでいた。
ところが・・・泉の側で寝たのだが、翌朝、目覚めた時には崖の下だった。
あくびをしながら崖を見上げた。不思議なことに、昨夜はあったはずの洞窟の入り口がなくなっていた。
「あれ、夢かな・・・!」
夢ではなかった。レイチェルの胸元に赤と青の石のペンダントが下がっていたのだ。
それは洞窟の泉に沈んでいたキラキラ光る石だった。
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