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276.湖畔観光はしばらくお預け
ミヒャール湖は、かつて人の都があった。滅ぼした後で水が湧き出したため、下に遺跡が沈んでいる。といっても僅か十数年前の話だった。
「なんで人族はあんな不安定な地盤の上に、都を立てたんだ?」
本気で不思議がるルシファーへ、アスタロトが淡々と指摘した。
「前提が間違っています。彼らは地層や地盤がどうのと考えません。それほど知恵も探査能力も発達していませんし、我々の滅ぼした国が大慌てで分散した結果、出来た国ですよ」
言われて、よく考えたらその通りだった。リリスの誘拐やゾンビ開発を行った国を攻め滅ぼすうちに、国が小さく分割されてミヒャール湖に住み着いた。その国も魔族に逆らったため破滅したんだっけ。
十数年前の記憶を辿り、なるほどと頷く。たまたま開発しやすそうな平野があったので、そこに都を作った。攻め滅ぼされるまで10年前後、偶然にも運よく自然災害に見舞われなかったらしい。魔族の自然災害のサイクルは、数十年に一度なので、あり得ないタイミングではなかった。
前回の災害から次の災害までの間、鎮静化した時期に都が作られ繁栄しただけの話だ。人族が見つけた土地は、魔族が放置してきた場所……つまり、過去に大きな災害があったはず。魔王史を含む歴史を紐解けば、すぐに履歴が判明するだろう。
「あそこはね、魔力溜まりが出来やすいんだよ。ほら、過去にも噴火してる」
ルキフェルが地図を手に駆けつけた。過去の災害地域を示した地図によれば、2度ほど噴火している。その原因が、近くを走る地脈からの漏れだった。大きな魔力の流れを地脈、または龍脈と呼ぶ。その一部が細い通路を伝って、漏れ出ることがあった。
過去の地脈の名残であったりする通路は、その先が行き止まりになっていることも多い。流れ出た先で詰まり、徐々に溜まった魔力が加熱していく。最後に噴火の形で、外に噴き出すのだ。今回はそのケースだった。
「じゃあ、あの場所も温泉地になるのか」
それはそれで、観光地になるな。楽観的な見解に、アスタロトは首を横に振った。
「なりませんね。数ヶ月で収まって、元通りの湖になるまで半年くらいです」
生物は完全に死滅するので、魚が見られるようになるまで1年ほど掛かるという。せっかく作った観光地だが、しばらくお預けらしい。
「あなたが視察に行くと、必ず何かおきますね」
「ちょっと待て、オレが噴火させたわけじゃないぞ?」
「同じようなものです。実際、噴火しましたし」
指を降りながら過去の実績を数えられ、慌てて遮った。温泉街の噴火や崖崩れまで、オレのせいにされたら堪らない。ルシファーに止められたアスタロトが肩を竦め、ルキフェルは地図の前で唸った。
「ここと、ここ。新しく閉鎖した方がいいかもよ。前回も連続して噴火したから」
指摘されたのは、周辺の山や草原地帯だった。魔力が漏れ出して噴き出たなら、周囲でも同じ現象が起きる可能性は高い。封鎖の命令書を作成し、大急ぎで署名して魔王軍へ回した。
「そういえば、魔王軍って呼称がおかしいな。軍は戦う存在だろ? だがオレやお前達が戦うんだから、軍が前面に出ることはない。別の呼称に変えたらどうだ?」
もっともな意見である。強者が弱者を守るものと考える魔族に外敵が現れれば、真っ先に前線に立つのは魔王と大公。軍はその後ろに控える。人族がいた頃は戦うこともあったが、彼らは殲滅された。僅かな生き残りは敵にならず、海も併合した今……軍は誰を相手に戦うのか。
「名前を変えると混乱するし、歴史書の書き直しは嫌だから却下」
「私もルキフェルに賛成します」
大公二人が敵にまわり、間違いなくベールもルキフェルに味方する。ベルゼビュートを味方に入れても勝てないか。戦況を冷静に判断し、ルシファーは溜め息を吐いた。
「名称変更はなしで行こう」
意外にも、世界はこうして平和に回るのである。
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