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278.思わぬ被害拡大に項垂れる
視察の日程が終われば、当然のごとく魔王城で仕事が待っている。とぼとぼと戻った魔王ルシファーに、思わぬ一報が舞い込んだ。
「草原が陥没した?」
「はい、監視任務に当たっていた竜族の報告によれば、突然地面に穴が開いたそうです。地揺れなどの前兆はなく、陥没した穴は草原の3割ほどになります」
うーん、これは確認が必要か。ベルゼビュートを行かせてもいいが……彼女は本当に「確認」だけして帰ってくるので、調査や被害地の測量を考えるとルキフェルが適している。しかし彼はいま忙しいし。悩む間に自分で向かった方が早いかも知れない。
いつもの癖で、斜め前の机を窺う。止めるアスタロトがいないと、逆に飛び出しづらかった。いざとなればオレの代わりに城を守る男として、彼は頼りになる。不在の今、普段以上に考えて動かないと誰もフォローしてくれないのだ。
「確認はオレが行う」
手元にある最後の書類に署名し、処理済みの箱に積んだ。黒衣を翻して立ち上がり、執務室の外で足を止める。イヴは保育園だし、リリスは……奥様会か。誘わなくてもいいな。二人の予定を変えて見に行くほど、陥没した大地は重要な案件ではない。
「ベールとルキフェルに、オレの予定を伝えてくれ」
「かしこまりました」
侍従長のベリアルが、尻尾を振りながら頭を下げた。護衛にヤンを連れて行こうと思ったが、地面が陥没した状況だと飛べる種族の方が望ましい。アラエルは門番だし、ピヨは役に立たない。下手すると騒動を大きくするだろう。
転移のために中庭へ向かう後ろから、足早に近づいたのは水色の髪の青年だった。
「ルシファー、僕も行く」
「ああ、わかった」
ルキフェルなら竜族最強で大公だ。何かあっても自分を守れるし、空も飛べる。同行者として申し分ない青年の髪をくしゃりと乱し、笑った。不満そうに唇を尖らせるルキフェルは、手にしていた書類を収納へ放り込む。どうやら何かの資料らしい。
「ベールは留守番を頼んだ。それとベルゼは勝手に向かったらしいよ」
なんとも「らしい」彼女の行動に苦笑いが浮かぶ。転移魔法陣を指先で作成して、足下に投げた。一瞬で飛んだ先は、蒸気と噴煙で前が見えない。灼熱の風が周囲の森を枯れさせ、有毒なガスが噴き出していた。
「報告とだいぶ違うぞ?」
「僕もそう思う」
二人で顔を見合わせる。当然結界は有効で、物理と魔法の二重なので死角はなかった。毒も無効化する二人は、足下の散々な状況に顔を顰める。封鎖地区にしたため、人的被害が出なかったのが幸いだった。ここは魔獣が巻き込まれる可能性のある地域だ。
周囲を警戒する魔王軍のドラゴンが近づいて敬礼した。彼らも結界を纏っており、安全は確保している。
「改めて報告してくれ、被害者はいないよな?」
「はっ、我々が知る限り、飛び込んだのはベルゼビュート大公閣下のみです」
「……ベルゼか」
良くも悪くも、彼女に関して心配はいらない。大公4人の中で、一番本能が発達しているのは彼女だろう。危険を察知する能力や人の見極めに関して、理性より先に本能が働く。原理が分からぬまでも、彼女はその能力で危険を回避してきた。
ベルゼビュートが自ら飛び込んだなら、己の身を守る算段が付いているのだろう。噴煙の真上にいるのも何なので、ひとまず離れた空中へ移動した。湯気や煙で分かりにくいが、大きく抉れた大地は草原の半分ほどか。内側は熱いマグマが踊っているらしく、火口のように沸いていた。
「広がってるな」
「あ、ベルゼ」
ルキフェルが指さした先、ピンクの巻き毛の美女がふわりと浮き上がった。マグマの中から出てきたが、当然服も肌も無事である。首を傾げた彼女に声を掛けると、転移で目の前に現れた。
「陛下、このマグマ……自然現象じゃないみたいですわ」
興味をそそられて目を輝かせるルキフェルと対照的に、ルシファーは溜め息を吐いた。
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