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280.なんでも無効化してしまう
「わんわ! わんわ……ぱっぱ!」
一匹ずつ指差しては、「わんわ」と呼んでいたイヴが突然空に叫ぶ。言葉通り、白い翼を広げた純白の魔王が舞い降りた。
「リリス! イヴ! 無事でよかった」
「無事よ?」
なんで心配されてるのかしら。寄り道をしたから? 不思議そうに首を傾げる妻を抱き寄せ、我が子も魔法で招き寄せる。するとイヴは両手を振り回して抗議した。
「わんわ! ダメっちょ!!」
子狼を叱っているように聞こえるが、叱られる対象は魔王である。ルシファーを手で叩く仕草をする娘に、彼の眉尻が下がった。わかりやすく落ち込んでいる。
「下ろせば機嫌が直るわよ」
リリスに指摘され、言われた通り子狼の群れに下ろした。四方八方から舐めまわされ、鼻を鳴らす子狼達に押し倒されるが、イヴはご機嫌だ。ヤンが子守をした経験から、イヴにとって狼は危険な生き物と認識されていない。多少噛まれても、すぐ治癒するのもいけなかった。
子狼の口に平然と手を突っ込み、撫でたり耳を掴んだりする。しまいには尻尾もぎゅっと握って、手を噛まれた。だが魔王譲りの治癒力が仕事をして、泣く前に傷は消えた。
「危機感が仕事をしてない……」
「いいじゃない。実際、ケガしてないんだもの」
けろりと肯定するリリスは、この調子でイヴを育てた。3年間、父親のいない我が子を見守った実績があるので、ルシファーもあまり強く言えない。ひとまず、軍がいる噴火地点へ移動しようと提案した。
「そうね、いつまでも子狼と遊んでても視察にならないわ」
言い聞かされたイヴは素直に頷き、バイバイと手を振った。父ルシファーの純白の髪を握り、手綱のように振り回す。
「いっけぇ!」
「……知らない間に我が子が逞しくなってる」
嬉しいような、悲しいような。不在だった3年の月日の長さを噛み締めながら、言われるまま飛んだ。ちなみに、リリスは腕を絡めてふわふわと浮遊する。自力で移動しないので、楽なのだとか。
近づくと熱い草原地帯は、周囲の木々がチリチリと葉を焦がしていた。このままでは山火事に発展する。周辺の魔獣や精霊が住む森が危険だった。
「燃えると困るわね」
リリスも眉を寄せる。だが消火するには、大量の雨を長時間降らせる必要があった。その冷却を行ったら、今度は洪水の心配が出てくる。
「凍らせてみるか」
かつてリリスが火口に落下した際に凍らせて、経済損失を計算された魔王は過去の過ちを繰り返す気満々である。計算に携わったベルゼビュートも、けろりと忘れていた。だがルキフェルは違う。
「ねえ、また叱られるよ? こんなところに氷の山作ったら、絶対にアスタロトが墓から這い出てくる」
「墓じゃなくて、地下と言え。後が怖いぞ」
どこからか話を聞きつけて報復されるんだ。ルシファーがこそこそとルキフェルに注意した。何度か痛い目を見た先輩として、可愛い後輩への大事な伝達事項だ。アスタロトに逆らう時は、相応の覚悟を持って臨め。
「かなり熱そうね」
結界越しに判断したリリスの脇を、愛娘が落下していく。
「え?」
「だぁ!」
なぜか得意げなイヴを見送ってしまい、慌てて叫んだ。
「イヴっ!」
「っ! 凍らせるぞ」
イヴは自分で結界を張れない。その上、ルシファーの結界を無効化する危険性が高かった。ここから結界を張っても、本人が無効化したら意味がない。後を追って短距離転移したルシファーが、陥没した穴を覆う形で冷気を放つ。凍り始める穴の上で、イヴは「めっ」と無効化を放った。
「やめろ、危ない!」
叫んだルシファーごと、イヴはマグマに飲み込まれた。無効化で消された魔法が、穴の縁に氷の輪となって残る。中央まで届かなかった氷は、魔王親子を守ることなく……溶けて落下した。
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新作、恋愛系小説、連載開始です!
【身勝手な旦那様と離婚したら、異国で我が子と幸せになれました】
侯爵家に嫁いで跡取りを産んだのに、我が子を蔑ろにされたバレンティナは、離婚を決意する。引き離された我が子を取り戻し、家族の助けを得て異国へ逃げた。その先で、まさかの一目惚れからの溺愛を受けるとも知らずに……。ハッピーエンド確定、元婚家は没落します_( _*´ ꒳ `*)_
エブリスタ:https://estar.jp/novels/26024429
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