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281.マグマで魔王消滅の危機
ここで慌てないのが、大公である。まず魔王ルシファーは結界なしで放り込んでも生きてるだろうと楽観的に分類。彼が生きているなら愛娘に危険が及ぶわけがない、とこれまた簡単に判断された。目を見開いて手を伸ばしたリリスも、叫んだのを忘れたように頷く。
「そうよね、ルシファーが一緒だもの」
イヴに何かあれば、私に衝撃が届くのよ。そんな発言をしながら、からりと明るく笑った。ということは、現時点でイヴの無事は確約されたらしい。沸き立つマグマを凍らせようとした魔法を、娘にキャンセルされた魔王はまだ顔を見せなかった。
「イヴっ、魔法の解除はダメだろ。めっ!」
マグマの中で結界に包んで確保した愛娘を叱りながら、彼女が解除していく結界を張り直す。こうなったら持久戦である。繰り返される解除を叱れば、不満そうに唇を尖らせた。ルシファー自身は魔力さえ確保されていたら、砂やアメーバからでも再生する自信がある。だがイヴはまだ分からなかった。
リリスの時もそうだが、成長するまで能力のすべては把握できない。魔族によっては、己の能力を知らぬまま死んでいく者もいるくらいだ。イヴがマグマの熱に対して耐性があるか不明な現状、うっかり触れて指先が溶けたり燃えたら大事件だった。
「イヴ、リリスのところへ帰ろう」
「やぁ、まだやぁ」
可愛く首を振ってごねる彼女は、まったく危険を察知していなかった。外の温度なんて気にしたこともない。こうなると、過保護に育てる危険性に嫌でも気づかされた。多少ケガをしてでも、熱さや冷たさを覚えさせるべきか。
悩みながらふわりと浮かび上がるルシファーは、マグマの表面にぷかりと頭を出した。上空のリリスはルキフェルに安全を確保されている。追って飛び込まなかった彼女にほっとした。イヴを上に掲げて転移させようとした瞬間……結界がすべて消滅する。
手が届く距離に魔法陣を置いてイヴを残し、ルシファーはそのまま沈んでしまった。綺麗に消えた父親の残した泡を、きょとんとした顔で見つめるイヴ。自分が結界を消したことが原因だと思っていない。悲鳴を上げたリリスが気絶したので、彼女を助けて動けないルキフェルが叫んだ。
「ベルゼ! 手伝って!!」
「え? なに、コレ……」
呼ばれて慌てたベルゼビュートに、無理やりリリスを押し付ける。ルキフェルは結界を張って、まっすぐマグマへ飛び込もうとした。途中でイヴを抱きかかえ、転送しようとする。しかしイヴの動きの方が早かった。
「だぁ! めっ!!」
叫んだ声と同時に小さな指をマグマに突っ込む。上空でベルゼビュートが悲鳴を上げ、駆け付けた魔王軍のドラゴンが女大公を支える。そんな騒動の中、イヴが触れたマグマが透き通った水に変わった。イヴを抱き込んでマグマに突入する気だったルキフェルは、ひんやりした水へざぶんと飲み込まれる。
「ぷはっ、何……え? 何の魔法?」
魔力が動いたのは分かるが、大きく使われたと言うより消滅した感じだった。水面に顔を出してイヴも確保したルキフェルが、慌てて周囲を見回す。草原に噴き出したマグマの海は、ただの池に変化していた。いや、サイズ的には湖が近い。
「……ルシファー! ルシファーは?」
変化も大事件だが、結界なしでマグマに溶けた魔王を回収しなくては。ベールに顔向けが出来ない。焦るルキフェルが周囲を見回すと、純白の髪や翼がぷっかり浮いていた。
「俯せだね、息してる?」
無事な姿にほっとして、思わず状況を端的に口にする。短距離転移で近づき、ごろんとひっくり返した。胸も動いているし、呼吸はしてるね。医師のように冷静に判断する彼の元へ、ピンクの巻き毛の美女が飛び込んだ。ざばんと水が大きく波打つ。
「ルシファー様っ! いまお助けしますわ」
「ベルゼビュート、リリスが沈んでるよ」
手を放してしまった魔王妃が、げほげほ咳き込みながら水面から睨みつける。
「どうなってるのよ」
「僕にも分かんないや」
濡れて張り付いた水色の前髪をかき上げ、ルキフェルは大笑いした。その腕の中で、イヴはご機嫌で水面を叩く。ある意味、大物なのは間違いなかった。
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