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282.えいっとして、無効化
偶然で処理するには、タイミングがぴったり過ぎる。疑惑の眼差しはイヴの指先へ向けられた。
「指に何かが宿った?」
「それよりはイヴの能力を探った方が早いと思うの」
ルキフェルとリリスに囲まれ、父の膝に乗ったイヴはご機嫌で手を振り回す。ルシファーが指先を握ってみたが、特に何も起きなかった。ということは、イヴが自分の意思で能力を使った可能性が高い。または特殊条件で発動する能力か。
「イヴ、どうやったんだ? 凄かったな。あれはオレも驚いたぞ」
大好きなパパに手放しで褒められ、イヴは指を咥えて笑う。小さく細切れにされた単語で、何かを説明してくれた。リリスの育児で赤子の言語に慣れたルシファーの翻訳によれば、イヴはマグマを無効化したらしい。
「マグマって無効化の対象なの?」
魔法の解除はわかる。発動する条件を無効にすれば、効果が出ない。しかしマグマは自然現象だった。無効化しても、目の前にある現象が消滅するわけじゃない。今回もマグマは消えたが、大量の水が残った。変換したのなら、原理が不明だった。
「えいって、したの」
「どこに「えいっ」としたんだ?」
根気よく幼子の言葉遊びに付き合うルシファーへ、イヴは思わぬ答えを示した。地面を指差し「ここ」と言い放つ。それは水ではなく、地下を意味していた。
イヴが過去に無効化したのは、結界や魔法など、魔力が絡む現象のみだ。そのため「魔力を無効化」する能力だと考えられてきた。今回のように自然現象にも対応できるとなれば、どこまで範囲があるのか。確認しなくては、うっかり人を消してからでは遅い。
「ここ! うんと下」
うんと? ずっとに置き換えて、ルシファーは解読を試みる。暗号のような娘の言葉と仕草、何度も地面を叩いて訴える姿にぽんと手を叩いた。
「もしかして、地下の魔力溜まりを無効化したのか?」
「あい!」
元気よく手をあげて満足するイヴに、ルキフェルが「解剖したい」と物騒な発言をする。本気ではないと知っているので、咎めず流した。彼にとっての「解剖したい」は、謎を解き明かしたいと同意語だ。表現が物騒なのは別として、悪い意味ではない。
「やっぱり魔力だけに反応するのね」
リリスが納得した様子で頷く。後ろで髪を乾かすベルゼビュートが首を傾げた。
「魔力に作用したら、どうしてマグマが水になるのかしら」
専門家がいる場所で、うっかり詳細な説明を求めてはいけない。なぜなら、専門家は語り出すと止まらないからだ。そっとリリスの腕を引っ張り、イヴを抱き上げたルシファーが後ろに下がった。
「聞きたい? そうだよね、ちゃんと説明してあげるよ。ここに座って」
ぽんとルキフェルが水辺の岩を叩く。言われるまま座った時点で、ベルゼビュートの生け贄は確定だった。ルシファーはじりじりと距離を取る。
「いいかい? 地面の下から噴き出したマグマは、魔力により沸騰した地脈の一部だ。周辺の土や岩、金属を溶かすほどの高温が、溜まった魔力により作られた。とんでもなく圧縮された魔力が発熱し、周囲を溶かしたと言ってもいい」
ここまで理解した? そんな顔で尋ねる水色の髪の美青年に、ピンクの巻き毛を指先で直す美女は「ええ」と相槌を打った。この時点でルシファーは妻子を連れ、声が届かない距離に避難していた。
「よし、助かった」
「ありがと。ロキちゃんは説明が長いのよね」
「違うぞ、説明が好きなんだ。専門家ってのはあんなもんだ」
「ふーん。アシュタは何の専門家なの? よくお説教が長いけど……んぐっ」
うっかりアスタロトの名を出したリリスの口を手で塞ぎ、ルシファーは用心深く結界を重ね張りした。危険なので、遮音もばっちりの10枚重ねだ。
「リリス、いまアスタロトの名を出してはダメだ。奴……いや、彼は休暇中だから」
ここに出てきたら怖いだろ。本音を飲み込み、吸血鬼王の話を打ち切った。
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