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02.まだ無力で小さな手が愛おしい
抱き上げた我が子はやたらと軽い。落としてしまったかと床を確認するほど、軽かった。まだ顔立ちはくしゃりと皺だらけだが、真っ赤になって握る拳を指先で突く。小さな小さなこの手に、指が揃っていることが不思議だった。
「可愛い……昔のリリスもこんなだったっけ?」
「リリス様はもう少し育った状態でしたね」
覗き込んだアスタロトが頬を緩める。ベールもほっとした表情を浮かべ、感涙に咽ぶベルゼビュートは床に座り込んだ。その足元を這ってきた幼子がベルゼビュートの膝に乗る。ちょうど1歳前後だろうか。灰色の髪に濃桃色の瞳をしていた。
「っ、……ジルぅ」
ベルゼビュートは昨年産んだ我が子を抱き上げ、頬ずりして感動を分かち合おうとする。だが幼子は残酷なほど正直だった。まだ忖度も覚えない年齢である。涙で濡れて鼻水を垂らした母親の顔はご免とばかり、勢いよく両手でつっばねた。いやぁ! 叫ぶ声にベルゼビュートも泣き笑いを浮かべる。
「あら、ダメよ。大人しくする約束でしょう?」
ルーサルカが止めるが、よちよちと歩いた黒茶の髪の男の子はアスタロトのローブを掴んだ。頭が大きいのでバランスが悪い子どもは、必死に手を伸ばし首を上に向ける。ぐらりと傾いて倒れる前に、アスタロトの腕が抱き上げた。
「子どもは仕方ありません」
「お義父様は甘やかし過ぎですわ」
長い人生で唯一の娘であるルーサルカに強く叱られ、アスタロトが肩を竦める。しかし抱き上げた孫を渡そうとはしなかった。甘やかす祖父の腕で、幼子はにこにこと笑顔を振り撒く。一番安全な場所だと理解しているのだ。大きく溜め息を吐いたルーサルカの足元は、他にも子どもがいた。
シトリーの産んだ年子の兄妹、レライエは男の子、双子のようにそっくりな姉妹はルーシアの子だった。それぞれに子を産んでおり、ルシファー達が一番最後だったのだが……。
「名前を考えなくちゃな」
「……陛下、大丈夫ですか」
心配するベールの声が震えている。また奇妙な名前を安易に思いつくのではないか。魔王と魔王妃の子なら長寿だろう。瞳はまだ不明だが、肌の色からしても魔力量は大きい。ならば、生涯付いて回る名前はまともなものを……そう願う側近達に、ルシファーは不思議そうに首を傾げた。
リリスを名付けたのは自分で、特に不具合を感じていない。なぜ周囲が騒ぐのか分からない。いい名前を考えればいいのだろう? 己の欠点をまだ理解しないルシファーは、頭の中で候補を考える。リリスを縮めて「リス」にしたら可愛いかな。それとも「リリ」にしようか。
「ルシファー様、名前は明日にしましょう。本日はリリス様に付き添ってください」
まるで考えを覗いたようなアスタロトの言葉に、それもそうかと頷いた。二人の間に産まれた子なら、名前も二人で考えた方がいい。勝手に決めたらリリスが寂しがる。見当違いな方向へ考えを勧めた純白の魔王の腕の中から、侍女長のアデーレが赤子を引き取った。
「姫様は初乳を飲まれましたので、隣の部屋でお預かりしますわ」
「この部屋ではダメか?」
「リリス様は母親です。同じ部屋に我が子がいれば、体を休めることが出来ませんわ」
アデーレに言われ、そういうものかと納得する。この辺は女性の事情なので、知らないルシファーが首を突っ込んでも叱られるだけだ。口々に同意する大公女達の様子からも、大人しく従うのが賢明だろう。
「わかった。任せる……後で会いに行ってもいいか?」
「はい、いくらでも」
ふふっと笑ったアデーレは、ついでのように他の子ども達も手招きして連れ去った。リリスのお産の手伝いに駆け付けた大公女達だが、我が子が扉を叩いて泣くので根負けして入室を許した経緯がある。出産が終わった状況ならば、この部屋に我が子と残る意味はなかった。
「では私達も失礼しますわ」
「隣の部屋に控えておりますので、何かあればお呼びください」
丁寧に挨拶をして隣室へ下がる大公女達に礼を告げ、眠るリリスの頬に手を滑らせる。愛しい妻が産んだ我が子も大切だが、やはりリリスが最優先だった。黒髪をかき上げ、白い額に口付けを落とす。
「リリス、ありがとう。お疲れ様」
幸せそうな寝顔を見ながら、ここ数年の苦労を思い浮かべた。
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