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284.魔族にとって娯楽は最優先
草原の噴火を収めたなら、ミヒャール湖も同じように処理できるのでは? そんな提案書をもって顔を出したベールに、ルシファーは肩を竦める。放置しても1年もあれば元通りになると報告されたので、無理に戻さなくてもいいだろうと返した。
「陛下、民の娯楽は最優先です」
そう言われると弱い。実際のところ、魔族にとっての1年は短かった。あっという間に過ぎる季節と同様だ。しかし、遊ぶためなら順番待ちを辞さない魔族にとって、湖が1年使えないことは我慢し難い状況だった。提案書に添えられた資料を捲りながら、唸る。
温泉街の噴火の時も大騒ぎだったな。過去の事例を思い出し、またもや考え込む。その間に、先ほど読み終えた書類に押印した。左手で印章を戻し、右手で押印済みの書類を箱に分類する。じっと待つベールに頷いた。
「よし、解決しよう」
「さすがです。陛下ならそうご決断なさると思っておりました」
本当か? 尋ねたくなるような言葉を並べる側近を見上げ、ひとつ溜め息を吐く。積み上がった書類はほとんど片付いている。このチャンスに、恐る恐る交換条件を提示した。
「もしも……だぞ? 早く終わったらイヴを湖で遊ばせてやりたいんだが……いや、本当に早く終わったらだが」
逃げ道を用意するルシファーは、ぼそぼそと顔色を見ながら口を開く。つい先日も視察と称して遊んでいたことがバレたばかりなので、却下される可能性が高い。それでも妻子の喜ぶ顔を見たくて、条件を提示してしまう。
「……いいでしょう。一日時間を作りますので、その間に解決していただければ構いません」
アスタロトがいないせいか、あっさり許可が出た。驚き過ぎて銀の瞳を丸くしたルシファーは「本当にいいのか?」と念押しする。一度口にすれば滅多に翻さないベールだが、冗談だったと言われたらダメージが大きい。約束を反故にして、娘から「だぁ!」と叩かれるのは勘弁して欲しかった。
「ここ最近お仕事も片付けていただいていますし、問題はありません」
「あ、うん。ならいいけど」
驚きから挙動不審になったルシファーは、嬉しそうに残った書類に取り組んだ。合間に、ベールが持ち込んだ提案書も署名押印を済ませる。ついでに視察の申請書を作成して、自ら押印した。これで完璧だ。予定日を空欄で作ったが、覗き込んだベールに「いつでもいいです」と言われたので、翌日の日付を書き込んだ。
浮かれた足取りで自室へ戻り、明日一日は自由時間が出来たことを伝えた。
「そうなの? じゃあ、出かけましょう」
リリスはウキウキしながら、何やら見覚えのない下着を用意し始める。
「これは?」
まさか知らない男にプレゼントされた? いや、大公女達の可能性もあるが……眉を寄せて指先で摘まむルシファーへ、魔王妃は爆弾発言をひとつ。
「これ、日本で流行った水着っていうの。これを着て、水に入るのよ」
幼い頃、水着ではなくワンピースで水浴びをしたリリスは、イヴの分もしっかりオーダーしていた。制作者は日本人のアンナだ。
「こんな面積の少ない下着っぽいので、水に……」
濡れたら透けるじゃないか! 抗議を先取りした形で、リリスが微笑む。
「水に透けない素材を選んでもらったわ。これならイヴも遊べるでしょう?」
機嫌よく準備する妻には申し訳ないが、美しいリリスと可愛いイヴがこんな下着もどきを身に着けて水辺にいたら。想像しただけで興奮……じゃなかった、危険が予測できる。誰かに攫われたらどうするんだ! そんな議論を繰り広げるが、ルシファーが負けるのは自明の理だった。
「だって、今回は私達しかいないんだし。ルシファーが守ってくれるのに、何が危ないのよ」
「だが……」
遠くから覗き見されたら困るじゃないか。
「私はルシファーに可愛い水着姿を見せたいの」
決め手はこの一言だった。最強の魔王が陥落するのも時間の問題……どころか、即座に大きく頷く。この時点で、魔族の間で水着が流行る未来が確定した。ちなみに、アイディア料はアンナに入るらしい。
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