第三十九話 賑やかで騒がしい日々は続く。

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第三十九話 賑やかで騒がしい日々は続く。

 冥界から戻された場所は横断歩道を渡る手前で、空はすっかり暗くなっていた。玄武は渡り廊下があの神様の通り道と言っていたけれど、横断歩道も渡るものだから通り道だったのかもしれない。  スマホを取り出して時間を確認。さりげなく待ち受けの推しの姿を見て、先程の少年の印象をそっと上書き。推しはやんちゃに見えても、もっと上品。 「……午後五時かぁ……微妙な時間ね。……どうする?」  今から映画を見たら夜になってしまうし、夕食を食べるには早い。 「響歌、この近くに夜間ライトアップが綺麗な庭園がある」  シュゼンのきらきらとした目でぴんときた。公園の近くに、立派な和風庭園を持つ料亭があったと記憶している。 「式場見学は却下」  しょんぼりとされても心を鬼にしなければ。シュゼンの嫁になる覚悟はまだ出来ていないし、私は推しを完全に諦めてはいない。  そうは思いつつも、何となく足は公園へと向かう。駅近の公園は整備されていて外灯も多く、冬に咲く花をつけた木々が明るく照らされている。先ほど見た冥界の光景とは違って散歩する人も多い。公園全体が騒がしくて、生命力に満ちていると感じる。   「寒いのに皆、元気よね。私たちもだけど」  温かい屋内ではなく、ふきっさらしの屋外でジョギングや散歩を楽しむ人々とすれ違う公園は、ショッピングや街歩きとはまた違った雰囲気。 「響歌、寒くないか?」 「大丈夫。……温かいから」  歩いているのと、手を握られているから寒くても平気。見上げたシュゼンのはにかむ笑顔が可愛くて、胸がどきりと高鳴る。  キレた瞬間のシュゼンは、とてもカッコ良かった。『三界一の最高の嫁』が私というのが恥ずかしいけれど嬉しくもある。それでも嫁になることが承諾できないのは、推しがいるから。  心の底に推しがいることは隠せない。シュゼンがそれを理解してくれていても、引け目を感じてしまう。それなら、さっさと完全拒否してしまえばいいのにと思っても、近くにいることが心地いい。毎晩皆で一緒にご飯を食べる時間が楽しい。  推しが一番大事。……でも、隣にいるシュゼンの温かさと優しさも好き。自分のズルさに気が付いてはいても、心の中の感情はぐだぐだと煮詰まった鍋のスープみたいで分けることもできないし捨てることもできそうにない。 「最初のデートは、また次の機会だな。……今度こそは、邪魔をされないように考えよう」 「そうね。でも、渡り廊下も横断歩道もダメだったら、どうしたらいいのか……」 「車で行けばいい」 「横断歩道の上を走るでしょ? 無理じゃない?」  二人同時にはぁあと白い溜息を吐いてしまって、顔を見合わせて笑う。 「何回も行けば、そのうち成功するかも。あの神様だってずーっと暇じゃないと思うし」 「そうだな。何回も行けばいい」  明るく笑うシュゼンの顔を見ると嬉しいと思う気持ちが湧いてきて、悩む気持ちを心の隅に押しやった。       ◆  休日の朝。分厚いメモリアルブックを隅々まで読みながら、パジャマのままで推しの思い出に浸る。六年間の思い出は、イラストに深く紐づけられていて、一枚のイラストを見るだけでそのイベントが頭に浮かぶ。  そろそろクリスマス。去年はゲーム内でクリスマスイベントがあって、年末年始はカウントダウンイベント。毎年ネット上で騒いでいたのに、今年は思い出に浸るしかないというのが寂しい。復活の噂は噂のままで、まだ何の発表もなし。期待しないで待とうと思ってはいてもメモリアルブックや新ゲーム会社名等々、チラ見せ的に匂わせがあると期待が高まってしまっている。 「……あ。クリスマスって、どうしよう」  日本の神様なら神道。クリスマスは関係ないかと思っても、時々普通にケーキも食べてるし、ハロウィンパーティも皆で一緒に楽しんだ。  シュゼンとヨウゼンにクリスマスプレゼント……と考えてみても、好みがまだわからないからお菓子とか消え物の方がいいかもしれない。神獣たちもその方がいいだろう。 「買い物行こっと」  駅前のデパ地下なら可愛いお菓子がある。抱えていたメモリアルブックを閉じて、私は立ち上がった。       ◆  デパ地下とスーパーで買い物を終えてシュゼンの部屋に入ると、窓際で太陽の光にお腹を晒しながら転がる五匹の猫。人界の日の光は弱いからという理由は聞いていても、その光景は平和で尊い。  薄金茶の長毛が麒麟、灰緑色のマンチカンが青龍、黒赤の錆びが玄武、オレンジ色のシャムが朱雀。灰色のサバトラが白虎。もっふもふでふわふわが日光で神々しく輝く天国に、おもむろにスマホを向けて溜息を吐く。 「……そうよね。うん。知ってた」  スマホ画面に映るのは、神獣の元の姿。それぞれがお腹を日光に晒す姿は、はっきり言って可愛くない。ふっと笑って、スマホそっ閉じ。 『お前は、そろそろ学習したらどうだ。人が目で見ている物と実物は異なることがあると』  猫とは思えない鋭い牙を見せながら麒麟が笑う。 「目の前で見えてる物が真実ってことでいいじゃない。めんどうだし」 『シンプルな考え方だな。悪くない』  一番年長の雰囲気を漂わせる白虎の声は渋くてカッコイイ。  ふわりと背後にシュゼンの気配を感じて振り向く。 「え? そ、それ、どうしたの?」  赤に白の縁取りがされた上下と帽子。……それはまさしくサンタのコスプレだというのに、無駄にカッコイイ。 「クリスマスにプレゼントを渡す時の正装だと聞いた。受け取って欲しい」  微笑むシュゼンの手の上に、ローズピンクのビロード貼りの小さな箱が現れて、ぱかりと開いた箱の中、七色の光を放つ一センチ近いサイズの宝石が留められた金の指輪。……これが本物のダイヤなら、それはきっと恐ろしい値段。 「こ、これは?」 「金剛石の指輪だ。デザインは響歌の好きなように変えられるから、希望を言って欲しい」  やっぱりダイヤモンドと知って、血の気が引いていく。 「う、受け取れません!」 「何故?」 「超・高そうだから!」  これは絶対に何百万円もしそうな指輪。着ける機会もないし怖すぎる。しょんぼりとされても、絶対に受け取れない。  いつの間にか二人を取り囲んでいた神獣が、指輪を覗き込んで口々に言う。 『龍神。そういった贈り物は、もっとロマンティックな場所で二人きりになって贈るべきですよ』  呆れ声の朱雀がオレンジ色のシャム猫姿で溜息を吐く。いやいや、そんな理由じゃないから。 『龍神。指輪というものは、二人で買いに行くものだぞ。女が日々着ける物は、本人が気に入らなければ意味がない』   黒赤の錆び猫姿の玄武の意見はもっともだけれど、こんな大きなダイヤモンドなんて無理無理無理。   『まぁ、まだ初めてのデートも完遂していないのだからな。いきなり指輪は受け取れぬだろう』  理解ある風な言葉を発しつつ、鋭い歯を見せて笑う金茶猫姿の麒麟は意地悪く楽しそうな顔をしている。 『まだ早いー』  あざと可愛く首を傾げる灰緑色のマンチカン姿の青龍が可愛くて和む。 『彩姫、とりあえず受け取って、また新しい指輪をねだれば良いではないか。腐る物ではないのだから、いくつあってもいいだろう』  渋い声で笑う灰色のサバトラ姿の白虎の言葉が何気に一番怖い。そんな悪女はお断り。 「どんな場所でもらっても、これは無理! こんな高そうな指輪付けられないし、いくつもなんて要らないから!」  ぱたんと箱のふたを閉じると、しょんぼりしたシュゼンの手から箱が消えた。 「響歌、何が欲しいか教えてもらえないだろうか。私は響歌に贈り物がしたい」 「シュゼン、その気持ちだけで私は嬉しいから」  あまりにも寂しそうな顔をされると心が痛む。きゅっとシュゼンの手を両手で握りしめる。    超至近距離で手を握ってしまったことに気が付いたのは、シュゼンの視線を真っすぐに受け取ってから。三十センチの距離しかない。 「響歌……」  はにかむ笑顔が近すぎる。キスができそうな距離に頬が熱くなるのは止められない。手を離そうと思っても、何故か指が動こうとはしなかった。  こんな時、どうしたら正解なのかわからない。頭が真っ白になりかけた途端、部屋の扉が勢いよく開いた。 「すまん! 行き倒れに飯食わしてやってくれ!」  深緑のMA-1に黒のシャツ、迷彩柄のカーゴパンツという姿のヨウゼンが、ダメージデニムを着用した男性を肩に担いで入ってきたので、慌ててシュゼンと距離を取る。  ソファに降ろされたのは、セミロングのウルフカットの金髪に紫のポイントメッシュの少年。大き目の白のカジュアルジャケットにピンクのカットソー、あちこち破れたダメージ加工のジーンズ姿。 「……行き倒れ?」 「ああ。道端に倒れていたので拾ってきた」  どうみても、私が仮色を付けたあの少年神。何故この世界にいるのか。 「おい、大丈夫か。飯食わしてやるからしっかりしろ」  ヨウゼンが声を掛けると少年が目を開いた。その瞳は焦げ茶色。推しの色とは違って一安心。 「ああああああ! 何でお前、ここにいるんだっ?」  少年は私を指さして飛び起きた。 「何って、ここはシュゼンの部屋だから。貴方こそ、どうして人界にいるの?」 「俺はあの装束の色が嫌で嫌でどうしようもなくて、この世界に来たんだよ! この世界なら服の色は自由にできるしな! 二度とあんな服着てやらないぞ!」  うははははと少年が威勢よく笑う中、盛大にお腹が鳴り響き、神獣たちが取り囲んで少年をからかう。 「とりあえずご飯作るから、ちょっと待ってて」  立ち上がってキッチンへ向かうと、普通の服に着替えたシュゼンがついてきた。 「私も手伝おう」 「お願いします」  シュゼンとヨウゼンと神獣たちと。これからはあの少年も夕食のメンバーに入るのかもしれない。さらに賑やかで騒がしくなりそうな気配を意外と楽しいと思う自分がいる。 「……響歌は私だけの嫁でいて欲しい」  そっと囁かれたのは、密やかな嫉妬の言葉。どう答えていいのかわからなくて、シュゼンの頬に頬を一瞬だけ寄せて微笑み返す。たったそれだけの接触が恥ずかしい。頬にキスをする勇気はなかった。 「響歌……」 「さぁ、早くご飯作りましょ」  シュゼンの頬は赤くて、私の頬もきっと赤い。熱くなった頬を隠す為、私は冷蔵庫の扉を開いた。
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