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第十三話 魔法少女は全力でお断り。
乱神は不機嫌な顔で承諾したものの、一人で行けと私を送り出した。シュゼンは女性の居住区には入れないからと言って、私に守護の術を掛けた。
黒々とした屋敷は、シュゼンの屋敷と大差ないから迷うこともない。入り組んだ透渡殿を一人で歩いていると、下に流れる小川から聞き覚えのある声。見下ろすと、水面から身を乗り出すナマズの姿があった。
「先日は、ありがとうございましたっ! 助かりました!」
迷うことなく固く冷たい廊下できっちりと正座をして三つ指を付き、深々と頭を下げる。シュゼンが降格にならなかったのは、このナマズのおかげ。露顕の儀で会う事もなかったので、ずっとお礼が言いたいと思っていた。
『よいよい。龍神を消さなくて済んだのは、おぬしのおかげだ』
上機嫌な声で、ひげを震わせるナマズが神々しく見えてしかたない。消さなくて済んだというなら、このナマズは神を消すことができる高位の神様の化身なのかもしれない。
「今回は、どんなお話でしょうか」
きっと何か話があるから姿を見せたのだと何故か思った。
『おぬしが手に入れた〝赫焉の玉〟にはな、昨今流行りの変身機能がついておる』
「え……」
一気にものすごーく胡散臭くなった。そんな気持ちが顔に出てしまったかもしれない。このナマズ神、実は魔法少女系の物語に出てくる勧誘者的な何かなのか。
『…………装束を変えるだけだ。安心せい』
そうは言われても、胡散臭さは増していく。二十三にもなって超ミニスカートやフリル満載の装備は勘弁して欲しい。
『人界の装束ではなく、この世界での装束だ。小袿や十二単等々、その時々にふさわしい装束というものがある。今は良いが、儀式や祭祀といった公式の場に出る時には、おぬしの今の格好では龍神が侮られるぞ』
ナマズ神が言うのは、この世界のドレスコードのことなのか。それなら必要かもしれない。公式の場に出るつもりはないけれど、ピンクの半袖カットソーにジーンズでは確かに場違い感は否めない。
『龍神はおぬし可愛さに何を着ていても構わぬというだろうが、だからこそ、おぬし自身が気を付けなければならぬ』
そう言われれば納得するものはある。最初に会った時、シュゼンは私の服について何も言わなかったのに、ヨウゼンは注意した。
『ほれ。ここに玉を取り寄せた』
シュゼンの屋敷に置いてあるはずの紐が付いた赤い玉が私の目の前に現れた。迷いつつも受け取って首に掛ける。
『何か掛け声を決めておいた方が良いのぅ。ハイカラな呪文はどうだ?』
うきうきとした声で、めっちゃ楽しそうに笑うナマズの顔は胡散臭さ極まれり。大体、ハイカラって何なのかわからない。
「着装にします」
変身にしようか迷ったけれど、それでは変身ヒーローを連想してしまう。苦手な英語も使いたくない。……過去イベントで、推しがコスチューム替えする時に使った呪文だというのは秘密にしておきたい。
『もうちょっと長くても良いぞ? ほれ、こう、派手派手しい横文字とかな』
ナマズ神は、私に何を期待しているのだろうか。魔法少女の変身シーン的な何かを想像しているのかも。
「地味でいいんです。私は普通の人間なので」
きっぱりと断言すると、ナマズ神のひげがしょんぼりと垂れてしまった。期待に添えずに申し訳ないとは思いつつ、ここは譲れない。
『仕方ないのう……まぁ良い。玉に手をあて装束を想像しつつ、その呪文を唱えれば着替えることができる。早速試してみよ』
言葉に従い赤い玉に手をあてる。どんな装束が最適なのか、神様の嫁に会って話をする場面を想像する。正式な対面ではなく、唐突に尋ねる状況では十二単を着てはいないと思うから、小袿に五つ衣。内着に袴でいいだろうか。
「着装!」
赤い玉から温かな白い光が溢れ出す。光は私の全身を包みこみ、はじけるように消えた。桜紋様の小袿に赤系グラデの五つ衣、内着は白で袴は朱色という装束に仕上がった。
『ほうほう。良いではないか』
その台詞の言い回しで時代劇に出てくる悪役を連想したので慌てて打ち消す。良い神様に失礼はダメダメ。
「ありがとうございます」
私が再び深々と頭を下げると、ナマズ神は上機嫌で笑いながら水中へと姿を消した。
ナマズ神のことを、シュゼンに聞いてみた方がいいのだろうか。それとも黙っていた方がいいのか。迷いながら、渡殿を歩いていく。長袴を指でつまんで、たくし上げながら移動するのはちょっと面倒。切袴にしたらダメかなと考えていたところで、対屋へとたどり着いた。
対屋もどこもかしこも艶やかな黒。デザイン的にカッコイイとは思っても、住むのは圧迫感があってツライかもしれない。
「さて。このまま中に入っちゃっていいのかな?」
一人呟きながら、見回すと御簾が巻き上げられた部屋の中、机の前に座ってピアノを弾くように手を動かしている黒いセーラー服の少女の後ろ姿が見えた。
肩に掛かるくらいの長さの髪は、焦げ茶色でふわふわ。見覚えがある特徴的な髪色に驚いていると、少女が振り返った。
「り、りっちゃん?」
「響ちゃん?」
中学まで一緒だった幼馴染が、そこに座っていた。
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