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第十四話 艶ありの黒はピアノの色。
「響ちゃん、久しぶりー! 元気してたー?」
立ち上がった幼馴染が走ってきて両手を握る。中学校の卒業式以来なのに、昔と全然変わらないことが嬉しい。垂れ目で甘く可愛らしい顔立ちは中学生の時よりは大人びているけれど、女子高生っぽいのは気のせいだろうか。
「りっちゃんも元気だった?」
幼馴染のりっちゃんの本名は福宮美鈴。産後ハイになった母親が付けた名前は字面は綺麗でも読み方に難ありで、昔から本人は名前を呼ばれるのを嫌がっている。
中学三年の時に母親が亡くなって、父親の転勤に伴って遠い私立高校へと移っていった。それ以来、連絡が取れなくなっていた。
「ずっと連絡できなくてごめんねー。引っ越したら継母がいて、昔の友達とか母方の親戚とかに連絡できないようにされてたの」
「そうだったんだ……」
全然知らなかったことが胸に痛い。何回連絡しても返事がないからと一年程で諦めてしまっていた。
「それでねー。高校卒業したら、継母に家から追い出されちゃって。仕方なく役所に相談しようって行ったら、神様の嫁を募集してるって言われたの」
「ちょ。何でそんな怪しい募集に応募しちゃうのよ」
役所でも募集してたなんて知らなかった。意外とあちこちで募集されてるのかもしれない。
「だって……私……枯れ専でしょ。相手の神様が千歳って書いてあったから、迷わず申し込んだの」
そうだった。昔から美鈴の好みはジジイキャラで一貫している。仙人や魔法使い、とにかく渋すぎるキャラにハマっていたから、私や周囲と推しが被ることはなかった。
「なのに、実際は何だか若々しくて」
美鈴は頬を赤らめて溜息を吐いた。
「顔見た瞬間、辞めますって言えなかったの?」
「それが……その……素敵だなーって……あ、あのね。顔は全然好みじゃなかったの。でも……優しくて……」
もじもじもじもじ。こういう時の美鈴は完全に好きになっている。昔から変わっていないことに少しだけほっとした。
「でもね……段々、意地悪になっちゃったっていうか……いつも何か欲しい物はないかって聞かれるから答えるんだけど……思ってたのと違う物ばかりで……」
それがもふもふの猫なのか。と思ったら、美鈴は部屋の奥の棚を指さした。
「装束が欲しいって言ったら、これだったり……」
棚に畳まれているのは、黒や灰色の装束。立派で豪華なのに、色が重すぎる。
「私が想像してたのは、もっと……明るい色っていうか、可愛い色だったんだけど……」
「それ、ちゃんと言った?」
「ううん。センカの顔を見ると恥ずかしくて言葉が出ないから、頭の中で一生懸命こんなのが欲しいってお願いするの。神様だったら、わかってくれるでしょ? でも、いつも違う物ばっかりで……もしかしたら嫌われてるのかなって……だから、いつでも戻されていいように持参した服を着てるの」
それが理由で贈られた装束ではなく、セーラー服を着ているのか。これは完全な誤解とすれ違い。頭が痛くなってきた。
「りっちゃん。よく聞いて。神様の嫁になったら、神様は思考を読めなくなるの。だから、何かして欲しいこととか、欲しい物があったら口で全部希望を伝えないと伝わらないんですって」
「そ、それじゃあ……今までの贈物は……意地悪じゃなかったってこと?」
ショックを受けたという表情で、美鈴の顔色がさっと悪くなった。
「ちゃんと言えば、きっと希望の物を贈ってくれると思う。……この建物の色も神様が着けちゃったの?」
「これは私が。……何でも好きな色にしていいって言われたんだけど、咄嗟に家に置いてきたピアノが頭に浮かんじゃって……失敗したって思ったんだけど、センカがこれでいいって言うから……」
美鈴は昔からピアノを習っていたことを思い出し、屋敷の色がピアノを元にしていると理解できた。ふと目に入った机の上には、鍵盤の絵が描かれた和紙が載せられている。ピアノの替わりにしていたのか。
「屋敷の色って、いつでも自由に変えられるって聞いてるけど」
「えっ、そうなの?」
美鈴は私と同じで〝誓色〟のことを理解していなかった。
「そうと知ってたら……センカの服も、もっと綺麗な色にしたのに……!」
「神様に好みを聞いて、色の付け直しをさせてもらったら?」
屋敷だけでなく、装束も色替え出来ることは実証済。私の提案に、美鈴は顔を輝かせた。
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