遭遇と別れ

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「いい加減、泣き止め」 投げかけられた言葉は冷たく感じるのに、霧島の胸板とゆこの肩に挟まれた髪を背中に流す手は優しかった。 髪を流した手が囲うようにゆったりと腰に回された。 「何も、怖がる事は無い…あんたは今俺に護られてる」 ドキン、ドキンと先程とは別の動悸に目眩がしそうだった。 視線の先、霧島の男らしい喉仏が見えた。 微かな煙草の香りと、甘さと爽やかさが混じった香水の香り。 ぎゅっと胸が締め付けられた。 「…赤い髪の男に、心当たりはあるか?」 びくり、ゆこの肩が跳ねた。 言葉にしなくても霧島には肯定と取れただろう。 それ以外霧島は何も聞かなかった。 また、カタカタと震えだしたゆこの体をゆったりと囲ってくれていた。 見つかってしまった。 やっぱり追いかけて来ていた。 怖い。 ヒュ、息を吸う音が引き攣れていく。 あの店にいた頃、初めて体に起こった変化はたまらない息苦しさと、恐怖をゆこに植え付けていた。 「は、…っ、、はっ」 過呼吸だ、とあの頃一緒に居たキャストが教えてくれた。 ぐっと丸まりそうになった背中を、霧島の大きな手に押されて伸ばされた。 手の平がゆっくり上下にあやす様に背中を撫ぜてくれる。 無意識に霧島のスーツのシャツを握りしめていた。 息苦しさと闘いながら、皺になってしまう…と思った。 でも手を離せない。 離してしまえば、どこかに引きずり下ろされてしまう様なそんな恐怖がゆこを覆っていた。 ゆっくりと上がった霧島の手がゆこの手を掴んだ。 ゆこの手がすっぽり覆われてしまう。 その手は引き剥がそうとはしていなかった。 ただ包んでくれている。 そうしているうちに、安心感が弱さを産んだのかいよいよゆこの呼吸が怪しくなってくる。 吸い込む回数が、吐き出すそれと噛み合わなくなってきた、その時だった。 背中の手が首の後ろに上がって、ぐっと上向かされた。 覗き込まれて目が合った。 近くで合わせた霧島の目は相変わらず無表情で、でも静かで凪いだ海の様だと思った。 そのまま大きくなっていく目が鼻先が触れる寸前で止まる。 「嫌か?」 このまま行けば触れ合う唇への問いかけ。 漆黒の目がゆこの濡れたそれをまっすぐに捉えていた。 微かにゆこが首を横に振った。 嫌かと訊かれれば答えはNOだ。 咄嗟に出た答えに、自分が一番驚いていた。
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