出会い

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音もなくドアが開いた。 (CLOSE、出してたよね?) 後ろめたい事が頭を過ぎる。 もしかして見つかったのだろうか。 ドク、一拍心臓が大きく鳴った。 現れたのは何度かこのガラス越しに見た男だった。 向かいのビルは俗に言うヤのつく人達の集まる事務所で。 この人は何度か黒塗りの車を乗り降りするのを見た事があった。 いつも数人のお付きの人が一緒に居る。 地位的に上の人なんだろうと思ったのを覚えていたのだ。 一瞬ホッとして、次にどうしてと思った。 キシ、と音をたてて柔らかな木目の床に足を踏み入れた男は、そのまま正面の二階に続く階段を見た。 そしてゆっくりと左、ゆこの居るスペースに顔だけを向けた。 「っ、…」 ここは自分の店で、この人は閉店後の店に無断で足を踏み入れたのだ。 この場合、自分は何も悪くない。 「いらっしゃいませ…あ、あの閉店…」 その立ち姿は思わず口篭る程の存在感だった。 スラリと高い背と、長い足。 黒いスーツは一目で高そうだとわかる。 足元の靴は綺麗に磨かれていた。 がっしりとした肩幅の上、ゆこが目を惹かれたのは彼の目だった。 少し大きめで厚めの形のいい唇。 すっと通った鼻筋の上、切れ長の奥二重の目が真っ直ぐにゆこを捉えていた。 漆黒の目から感情は読み取れないが、逸らされる事はない。 「薫さんは、居るか?」 (…すごく、綺麗な人) 男性に、しかもどちらかと言えば屈強そうな男に何故か綺麗だと思って、自分でも不思議だった。 聞こえた声は低く、鼓膜を震わせるようなバリトンだった。 すぐに答えなかったゆこを不審に思ったのか、男の片眉が微かに上がる。 「あ、まだ…です。もうそろそろいらっしゃると思います」 時計は十八時半を指そうとしている。 何時もならそろそろ薫が来る時間だった。 視線の強さに負け視線を下げたゆこは、サンドイッチの横に置かれたマスクと眼鏡を見てハッとした。 食事にしようと外してしまっていた。 「お、お座り下さい、すぐいらっしゃると思うので」 マスクと眼鏡を手に取ると、ゆこは男の横を通り過ぎカウンターの中に入った。 男はゆこの動きを目で追っている。 それを気にしていない振りで男に顔を向けた。 「コーヒーはお好きですか?」 ゆこの問いかけに男は一歩踏み出して、カウンターのスツールを引いた。
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