出会い

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結局男が食べ終わり二本目の煙草を吸い終えた頃、薫は現れた。 薫から紙袋を受け取ると、男はすぐに店から出て行った。 扉を開けたところで、男が振り返る。 「ごちそうさん」 無表情のバリトンは一言だけゆこに礼を言うと、後はそのまま向かいのビルに向かって歩いて行った。 でもゆこはしばらく、男が出ていった扉から目を離せなかった。 男の名前は霧島というと、薫が教えてくれた。 それから二日後、ゆこはまたソファーに座っていた。 今日はビーズを繋げたストラップを作っている。 妊婦さながらの、生成のワンピースにレギンス。 頭の上には今日もお団子が結われている。 外からの光にキラキラとビーズをかざして、マスクの下でゆこが微笑んだ。 昼を過ぎたので、テイクアウトのお客も来ない。 ゆこの至福のひと時だ。 出来上がった一本を、更に窓際に近づいて光にかざす。 「うん、上出来」 端に付けるチャームは何にしようかと、首を傾げた先。 黒のセダンが向かいのビルの前に滑るように停まった。 門から数名の男がさっと出てくる。 降りてきたのは霧島だった。 この間のように、ゆこの視線が吸い寄せられる。 黒のスーツ姿の霧島は、あの日と同じ様に隙のない佇まいだ。 一緒に降りた細身の男に何か告げた霧島が不意にこちらを見た。 (…え?) 目が合っている気がする。 そして、さらに逸らされずじっと目が合っている気がする。 (な、なんでっ?) 霧島の視線を追って、隣の細身の男もこちらを見た。 微動だにしない霧島の横で、その細身の男がすっと頭を下げた。 まるでクラブの黒服の様な綺麗なお辞儀で。 ゆこも慌てて頭を下げた。 挨拶を交わすような間柄ではないのだけれど、条件反射だった。 細身の男がふっと笑った気がした。 そのまま何かを言った。 ここまで超えが届くはずはないから、ゆこにでは無く霧島に何か言ったのだろう。 その言葉を合図にした様に、霧島がすっと踵を返した。 何事も無かった様にビルの中へ入って行った。 その姿が見えなくなると、ゆこの体から無意識に入れていた力が抜けた。 (なんだったんだろう) 過去の経験から、ヤのつく人とは関わらないのが一番だと思っている。 店の向かいが「そう」なのは、ゆこを救い上げてくれた薫の関係だけで。 店を開いてからこの二年、ゆこから関わることは一度も無かった。 霧島とあの日、ほんの少し言葉を交わしただけ。 その雰囲気が、他の人と違っていた。 それだけだ。 それなのに、どうしてこんな風に動揺しているのか、ゆこは考えたくなかった。 もう二度とあちらの世界とは関わりたくない。 無意識に握り締めた掌。 ゆこはきゅっと目を閉じた。
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