月夜に街、よみがえりて

5/8
前へ
/8ページ
次へ
 狸達は、化かし山と呼ばれる場所の、海と山が連なる所に棲んでいた。山を下りた先にはいくつかの小さな街があり、狸も、狐も、熊も、狢も、貂も、猪も、色んな仲間達が、そこから山に入る者たちをからかって遊んでいた。  ある日、いつも山に入っている猟師が姿を見せなくなった。  それから日を追うごとに、山に入る人間の数は減り、ある日からついに、人の影も形も見えなくなった。獣達は、自分たちに恐れをなして逃げたのだと、乾いた笑いを浮かべながらも、またそのうちやってくるだろう、と思っていた。その時は、より力を入れて化かしてやろう、と。  一年が経ち、  五年が経ち、  十年が経ち、  獣達は、山を下り、街へ乗り込んだ。きっと人間達は、山を登るのに疲れてしまったのだ。世話の焼ける奴らだ、と。  丈夫な、高い塀がぐるりと囲んでいた。獣達が難なく乗り越えると、中にあった街は、大きく姿を変えていた。いくつもの高い四角い人の住処。それをいくつも、ギュッと押し込めたような、白くて四角い里……周りにあったいくつもの街を、これ以上なく凝縮したような所。所狭しと、整理整頓された建物が並び、地面は、土より硬い何かで覆っていて、  その土より硬い地面は、木の根に容赦なくえぐられていた。  それは、森の樹々に侵食されていた。その孤立都市は、完全に死んでいた。 獣達は、故郷の山から初めて外に出た。あれらは弱いし、毛皮もないから、山の寒さに耐えられなくなったのだろう。南の暖かい方に移り住んだに違いない。  海を泳ぎ、野原を越え、荒野を抜け、山々を潜り抜けながら、人の影がないか、匂いが残っていないか、獣達は探した。  途中いくつも街を見つけ、そのたびに期待と興奮を籠めて乗り込んだ。だがどこにも、彼らを歓迎するものも、警戒するものもいなかった。  最初は楽しみもあった。けれど初めての景色への興奮はすぐに失せ、新たな地に足を踏み入れても、人の気配を感じぬことに対する落胆だけが残り、いつしか彼らの間では、ほとんど会話をするものがいなくなった。 誰もが、口を開くことを躊躇った。出てくる言葉は、決して良い物ではないと、獣達は理解していた。  もっと南へ、もっと南へ。どこかにいるはずだ、どこかに隠れているはずだ。俺達を驚かせるために、皆で企んでいやがるんだ。  その一心だけで、獣達はあてもなく、虱潰しに歩き回った。そして、  彼らは、人の跡を見つけた。  それは、故郷を離れてから五年ほど経った頃に辿り着いた、山の中にあった。 人の作ったものが、山に侵されているその姿を見て、彼らは人を探すのを止めた。 まだ見ていないところはたくさんあったけれど、探そうと言い出す者はいなかった。 悟ったのだ。もう、人間はどこにもいないのだと。自分たちの特技を披露する相手は、いくら探しても、見つからないのだと。 獣達は、五年をかけて、また元の道を戻った。ヘトヘトで、そのまま倒れてしまいたかったけれど、なんだか無性に、自分たちの暮らしていた山に帰りたくなったのだ。 それ以来、彼らは一歩も、山から出ていない。 ずっとずっと、誰もいない街と、それを照らす夜空を見つめた。そこへ向かおうとする人影を、無気力に探し続けていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加