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今日はクリスマス・イヴ。
若いもんにとっては胸躍る年末の大イベントだが、大人世代にとっちゃあ書き入れ時だ。だけど、今日の俺は定時で退社した。
「サンタさんに合わせてやる」
子供たちと約束したんだからな。
「お父さんな、またこの前も、サンタさんにあったぞ」
「またきたの⁈」
「いつきたのいつきたの⁉」
毎年クリスマスが近くなると、この会話が始まる。
「ああ、二人ともいい子にしてたから、今年もプレゼントを持ってきてくれるって言ってたぞ」
「おれ、ゼンカイジャーのソードがいい!」
「あたし、プリキュアのおようふくっ!」
こうしてサンタさんの名のもとに、ご希望のプレゼントを聞き出すんだ。
「よしよし、じゃ、今度サンタさんにつたえておくからな」
さて、これで今年のルーティーンも完了。
と、思いきや、二人から思わぬリクエストが飛んできた。
「いっつもパパばっかりサンタさんと会っててずるい!」
「あたしたちもあいたいっ!」
人間成長するにつれてだんだん欲深くなるものだ。
二人に迫られてしばしひるんでいたが、まぁ、サンタに合わせることくらい、手がないわけではない。
俺はそのあとすぐに貸衣装屋にサンタ服のレンタルを依頼した。
あとは当日、それを着た俺がプレゼントをもって参上するという計画だ。
プリキュアのお洋服は最寄りの百貨店で見つけたが、ソードの方はなかなか苦戦した。二つ向こうの駅まで足を伸ばしたくらいだ。
プレゼントを二つ調達するだけでこれほど骨が折れるのに、本職のサンタはさすがプロだ。一晩のうちに直径4万キロの星を一巡りしちまうんだからな。
なんて、星が瞬く夜空の中に無数のそりが走っていくのを思いながら、ちょっと詩人を気取ってみたり。
レンタルしてた服も夕方にはうちに到着して、妻が受け取っているはずだ。
夜9時。家に到着。子供たちは、もう寝てしまっていた。
おれはリビングに飾ったクリスマスツリーの傍らにどっと倒れこむ。
あーあ、約束、守れなかったな…。
ツリーの傍らには、一通の手紙が置いてあった。
表紙にはクレヨンのぽろぽろした文字で「さんたさん、らいれんは、あおうね」と書いてあった。
字の行が段々ずれていて、最後の字がかすれている。子供たちが、寝る直前までサンタに会おうと粘っていたんだろう。
ああ、来年こそな・・・。
ツリーに寄り掛かったまま、俺は眠りに落ちた。
朝の白い日差しが目に入り、俺は跳び起きた。しまった、プレゼントを持ったままだった。子供の寝ている間にこれを枕元に置いておかないなどありえない。
プレゼント良い子のためのもの。それがないとみるや、あの二人は自分に悪い子の認定を下してしまう…。
しかし手元に昨日買ってきたプレゼントはなかった…。
けたたましい二つの足音とともに、子供たちが、俺が持っていたはずのプレゼントをかかえて駆けよってきた。
例年よりも瞳の輝きが数カラット上昇している気がする。
「パパ、さんたさんにね、よるにね、…!」
「みたんだよ!あのね、夜にね…!」
サンタさん?ああそうか。きっと俺が帰ってきてから寝ているのを見て、妻が代わりにやってくれたんだろう。サイズの合わないコスプレで。
あとでお礼を言っておこう。
そのあとすぐ、妻がリビングに入ってきた。子供たちに聞こえないようにこっそりと礼を言おうと口を開こうとした手前、妻がスマホを取り出した。
「ねぇ、これ見て…」
画面ではホームセキュリティのアプリが自宅をスキャンした履歴が表示されていた。
「昨日の夜中、誰かが家の中に入ってきてたみたいなんだけど…」
俺は妻のスマホを手に取り、アプリの記録を見た。
午前2時。俺がすっかり寝ていた時間。「リビング」と表示されたマスに、人の活動を示す波形がくっきりと刻まれていた。この時間になって、いきなりだ。
波形は、その人物の移動に合わせるようにして、階段から二階、そして子供部屋へと移る。最後に波形は家の外に移動して、そこでぱたりと消えた。
以降、妻や子供たちが起床したという朝7時まで、波形は記録されていない。
「お前が子供部屋にプレゼントを運んでくれたんじゃないのか」
「違うわよ。私も子供たちと一緒に寝ていたし・・・」
気味悪そうにしている妻とは対照的に、俺は不思議とこの状況を受け入れていた。心の底に眠っていた、子供のころの記憶。大人になってから忘れていた、あの暖かな気持ちがよみがえったような気がした。
「なあ、サンタって、本当にいるのかな」
プレゼントの包みをとっくに破って、新しいアイテムを手に入れた子供たちを眺めていると、そんな言葉が漏れた。
ツリーの下にあった手紙は、もうそこにはなかった。
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