一、北の地にて 1

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 店の中は、ちょうど客が引けたところで、誰もいない。カウンターの中ではママが後片付けに追われていた。  「これ?」  奈美はその小さな箱を目の高さに持ち上げて、若い娘に見せた。  「きれいな箱ね。」  「寄木細工っていうのよ。」  「寄木細工?」  「箱根の伝統工芸品でけっこう有名なのよ。」  奈美は微笑みながら女の子に説明した。  「買ったの?」  「ううん、プレゼント。」  「へえ、だれから?」  女の子の問いに奈美は笑顔を見せるだけで答えなかった。  「瀬上ちゃんからのプレゼントよね。」  ママがカウンター越しに、奈美のかわりに答えた。  「へえ、いいなあ。ルナもプレゼントくれる彼氏ほしい。」  ルナと自ら名乗った女の子は、奈美の小さな小箱を、羨ましそうに眺めながらため息をついた。  「そんなんじゃあないのよ。」  奈美は笑いながら瀬上のことを否定して、小箱をカウンターの上に置いた。それをルナが取り上げ、軽く振る。  「なにか入っている。」  「なにが入っているの?」  ルナの言葉を継いで、ママが奈美に聞いた。  「知らない。開け方がわからないから。」  「え、開かないの、この箱。」
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