涼森三兄妹の試練

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「まだ続けますか」 超士(ちょうじ)がめずらしく落ち着いた声色で問いかける。 禎休(さだやす)黎音(くろがね)は一瞬、誰に言っているのかわからなかった。 なぜなら超士が敬語を使うのは、ただ一人に対してのみだったからだ。 低く響く笑い声。謎男が喉元で結ばれたローブの紐を解くと、 それはすぐに乾風に飛ばされていった。 「お前たちの連携、見事だったぞ」 ローブの下から現れたのは……なんと実の父、冬馬(とうま)の姿だった。 だとすると、この一連の騒動の真実は、一つしかない。 「試練、合格だ!」 校庭に、冬馬のなんとも晴れやかな宣言が響き渡る。 禎休と黎音が驚きを隠せない中、超士だけがやれやれといった顔で冬馬を見ていた。 「弁当を奪うまでの流れるような体躯の運び方は、まさしく0.5秒の離れ業。 初めからおかしいと思っていました」 「そうか、超士にはバレていたのか」 はっはっはっ、と愉快そうに笑う冬馬を少し離れたところから眺めていた禎休と 黎音にとって、まさに今朝感じた嫌な予感がこんなにも早くに的中するとは想定外だった。 それに、いままでは試練の日は前もって知らされていた。 「なにも急に、こんな平日の朝にやらなくてもいいだろ……」 これから授業を受けなければならないというのに、一日分の体力を消耗した気分だった。 「なんだお前たち、誰も気がついていなかったのか?」 三人それぞれが、なんのことかと首を傾げる。 それに対して、冬馬はいっそう笑みを深めた。 「今日は祝日で、学校は休みだぞ」 ここにきて、驚愕の事実が飛び出す。 どうりで、登校してくる他の生徒が一人もいないわけだ。 「それなら早く帰って、修行に励まないと!」 今回、早々に捕まって満足に活躍できなかったことを悔やむ黎音が、 拳にテーピングを巻きながら走り出す。 「おい、待てよ黎音! お前の鞄、兄さんの教室にあるだろ!」 禎休の呼びかけは届かず、だだっ広い校庭の彼方へ走り去った彼女の姿は、 すぐに見えなくなった。 その間、わずか0.5秒。さすが涼森家の長女。アスレチックで培った俊敏力は、 他の追随を許さない。 「……ったく、仕方ねぇな」 禎休が鞄を取りに校舎の中へ入っていくのを見送った後、冬馬は体をほぐしながら「それにしても」と笑う。 「腕を上げたな、お前たち。この分だと、俺を超える日も近いかもしれんな」 それに対して超士は「ご冗談を」と真剣な顔で返す。 「父さん、あなたならば俺たちの攻撃をすべて避け、 こちらにいくらでも反撃できたはずでしょう。 しかし、あなたはそうしなかった」 それはつまり、今の三兄妹の実力に、父が合わせていたということだ。 三兄妹はまだ、父の本気を見たことがない。 それに見合うだけの実力が、備わっていないのだ。 「そう怖い顔をするな、超士。 その歳にしては出来すぎているくらいなのだから。 あまり追い込むと、体を壊すぞ」 穏やかに微笑む父の姿に、超士はかなわないな、と思った。 いつの日か、この大きな背中を超えることができるのか。 今はまだ、想像もできない。それほど遥か先に、父の背中はあった。 悔しさはある。それは涼森家の者として。そして一人の男として。 だがそれ以上に、父の存在は圧倒的な強さへの憧れと、誇りでもあった。 だから、いつか……。 「父さん、俺は……俺たち兄妹は、必ずあなたを超えます」 豪快な笑い声を上げた冬馬は、嬉しそうに超士の背中を叩いた。 「俺にできることはお前たちにもできる。 かつて、俺が父の背中を超えたようにな。 お前たちの誇りが、唯一無二の自分のものとなる時を、楽しみにしているぞ」 禎休が三人分の鞄を持って校舎から出てくると、疾越(しつえつ)が受け取って自立滑走を 始めた。 校門のところで、先に帰ったと思っていた黎音が待っていた。 「よく考えたら、みんなで一緒に帰れる日って、めずらしいから!」 親子がまばらに並んで歩きだす。 一歩先を歩く冬馬の後ろ姿を見つめる三兄妹は、同時に顔を見合わせた。 いつか追い越す父の背中を遠くに見据えながら、三人は実に生き生きとした顔で 頷き合ったのだった。
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