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「強引にお誘い申し上げてすみません。騎士団におけるあなたの周りはいつも鉄壁の守りの布陣でした。長年こんなにそばにいたのに、到底声をかけることもかなわず。最終的に、陛下まで引きずりだして権力に物を言わせて呼び出してしまいました」
(陛下を引きずりだした……? まるでご自身から陛下に私とのことを願い出たかのような? まさか)
「その件は、特に謝って頂くようなことではありません。騎士団と魔術師団の仲が悪いのは事実です。私は騎士団の人間なのでどう公平であろうとしても騎士団寄りの考え方になりますが、それでも騎士団にも悪い部分は多々あると思いますし、王宮内で戦闘職が二大派閥になっているのは絶対的に良くないことと理解しています。陛下が問題視するのはもっともであり、いい加減解決すべき事案です」
「私も同じ考えです」
愛想よく答えたアーロンの紫水晶の瞳は熱っぽく、見つめていると落ち着かない気分になる。
(顔に……、私の顔に何かついていますか? そんなに見ないで頂けますか……!?)
ただでさえ、白皙の美貌。シェーラは目のやり場に困っているというのに、アーロンは素早く数歩進んで距離を詰めてきた。
「あなたは本当に素敵です。またこんなに近くでお話できる日がくるなんて、夢みたいです。ずっとこうして、あなたとともに過ごす時間を持てることを願ってきました」
「ひっ……。ああああの、あまり大げさなことを言うのはやめてください! 私が本気にしたらどうするんですかっ」
「俺は本気です。本気にしてください」
見つめていられずに、シェーラは顔を背けた。胸がばくばくと痛いほど鳴っていて、しずめようにもどうにもできない。
(あの目に何か秘密が……!? 絶対に「魅了」の魔法かけられてると思う……!! この動悸息切れ。虚弱体質でもないのに、まだ私の体は鍛えたり無いということ? 魔法耐性の低さも問題。それとも相手が悪いのかな。史上最強魔術師団長の前にはなすすべがないと……)
「どうしました? 深刻な顔をして」
絶妙なタイミングで声をかけられたせいで、思ったことがそのまま口をついて出てしまった。
「帰ったら、鍛錬しなければと思いました。心臓を鍛えます。心臓を」
「心臓?」
「いま、ダンジョンの奥で九竜大蛇を相手どったときよりも心臓が落ち着きを失ってしまって……。こんな街中で人間を前にしているだけなのに、不覚です」
「不覚、ですか」
「はい。アーロン様は我が国最強の魔術師なわけですから、九竜大蛇より威圧感があってもおかしくはないと思うんです。でも、いまは武装しているわけでもなければ、私に戦闘を仕掛けているわけではありませんよね? それなのに私だけがこんなに緊張するのはおかしいと思うんです。副騎士団長なのに、情けない」
真剣に話すと、アーロンもまた真面目くさった顔で耳を傾けており、「なるほど」と真摯な様子で頷いた。
「シェーラさんの周りの男性が、牙を向いて男性を近づけないようにしている理由がいまよくわかりました。戦場ではあなたの武勇に守られている下っ端でさえ、あなたを『日常の脅威』から遠ざけるために敷いている包囲網といったら。あなたのその心臓の弱さは、男性への耐性の無さです、間違いありません。この上は俺が『心臓の鍛錬』のお手伝いをさせて頂きます。ぜひに」
「ご、ご親切に、ありがとう、ございます……?」
(手伝い?)
半信半疑で尋ねたシェーラに、アーロンはほほえみながら手を差し出してきて、言った。
「かなりの荒療治となりますが、頑張って下さい。まずは今日一日俺としっかり手をつないでデートをすることです。これでかなり俺に対する耐性は上がります」
「男性に対して強くなるということですか」
「男性全般へはどうかわかりませんが、少なくとも俺に対しての耐性はすごく上がりますね。上がったら上がったで、俺の方でもさらに全力で仕掛けさせて頂きますので。平たく言うと、ずっとドキドキさせてみせますよって意味なんですけど」
「九竜大蛇よりも」
「九竜大蛇には負けられない」
言うなり、アーロンはシェーラの手を取った。細い見た目に似合わぬ、強い力。引き寄せられてその顔を見上げると、アーロンは紫水晶の瞳に不敵な光を宿して宣言した。
「行きましょう。あなたが女性で最初の副騎士団長まで上り詰めたのは素晴らしい。鍛錬の賜物です。でも、仕事と結婚は両立できるはず。そろそろ結婚や男女のことに目を向けても良い時期ではないでしょうか」
――仕事と結婚はどちらか一方だけを選ぶものでもない。騎士にならず結婚をするつもりで鍛錬をしなければ騎士にはなれないけど、騎士になってから結婚するつもりなら両方できる
ふっと胸に浮かんだ言葉。心の底でいつも大切にしてきた子どものときの記憶。
いつか耳にした、少年の声。
シェーラはまじまじとアーロンを見上げた。見返されて、そのあまりにも真っ直ぐな瞳に心臓が落ち着かなくなり、どうしても不甲斐なく目をそらしてしまう。
このときは、あまりにも過剰に顔をそむけてしまった。まるで敵意でもあるかのようだ、と大いに自分のその弱さを反省した。
(ええと、これは心臓の鍛錬のため。そう。心臓の)
自分に言い聞かせながら、繋いだ手に力を込める。すぐに、きゅっと握り返されて、またもや心臓が跳ねた。
「こんな服装で来てすみません」
俯いたまま、気にしていたことを小声で謝罪すると、いいえ、と穏やかな声が耳をかすった。
「お似合いですよ。いつも遠くから見ていました。その、あなたらしい装いが俺は好きです」
* * *
王宮を二分すると言われた騎士団と魔術師団の折り合いの悪さ。
誰にも落ちなかった魔術師団長が、誰にも目もくれなかった副騎士団長を射止めて見事な宥和政策である「政略結婚」をし、平和な日々を実現するのはこのわずか二ヶ月後のことであった。
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