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王都街中の、噴水広場にて待ち合わせ。
天気は快晴。陽射しはあたたか。周りには腕を組んで幸せそうに連れ立って歩く男女が多数。ぼんやりと見ていたシェーラの視線の先で「待った?」「ううん、今来たところ」と出会い頭の男女が、そのまま濃厚な口づけをはじめて、慌てて視線を逸らした。
(う、うわー!? 目のやり場に困る……っ。も、もう少し爽やかにできないのかな? 音……っ)
居合わせた自分が悪いような気まずさに、シェーラは噴水を振り返ると、空に向かって弾ける水しぶきに集中しようとした。
水はキラキラと光を撒き散らしながら、音を立てて降り注いでいる。明るい陽射しにあてられて、シェーラは目を細めた。
(場違い感がすごい。お互い王宮勤務なのだから、わざわざ外で待ち合わせなどしなくても。見合いなら食堂ですればいいだけでは。こんな、デートのような)
団長に呼び出されて見合いを命じられた翌日、アーロンからは丁寧な筆致の手紙を受け取っていた。待ち合わせ場所と時間の他に、見合いを受けてもらって嬉しいという旨が記されていた。忙しいひとだけに、自分で書いた手紙ではないかもしれないが、それにしても良い代書屋もいるものだ、と感心するほどの出来栄えだった。
シェーラがあと五歳若く、行き遅れにしてもぎりぎり適齢期の末期に引っかかっていて、まだ恋に夢を抱いている頃ならときめいたかもしれない。
しかしシェーラとて、現実は見えている。これはそんな甘いものではない。
はあ、と我知らず重い溜息がもれてしまったそのとき、背後から声をかけられた。
「シェーラさん。お待たせしました」
ハッと息を止めて振り返る。
少し離れた位置から声をかけてきていたのは、黒髪の青年。陽射しにさらして良いのか気遣いたくなるほど白くなめらかな肌の、玲瓏たる美貌の持ち主。それでいて女々しい印象はなく、光を湛えた紫の瞳が楽しげに微笑んでいる。服装はひとめで仕立ての良さの知れるジャケットにズボンと貴族的であり、彼のどこにも無駄のない体つきを引き立てていた。
男装で来たシェーラとしては、漠然と相手も魔術師の装いで現れると思っていただけに、完全に意表をつかれてしまった。
つい、往生際の悪いことを口にした。
「私のお待ちしている方は、アーロン様という魔術師なんですが」
「いま、あなたの目の前に。今日はデートに応じてくださってありがとうございます。王宮勤めをしてきた日々の中で一番の役得です。楽しみにしすぎてここ一週間ほとんど寝られませんでした。今も少し、震えています」
蕩けるよう笑みを浮かべて、歯が浮くような口説き文句を口にしてくる。面食らう、どころではない。
シェーラは服装こそみすぼらしくはないにせよ、こんな男性が連れて歩くのは楽しくないであろう、男装。顔立ちにも女性的な柔らかさは無く、動作もいかにも俊敏でたおやかさなどあろうはずもない。
せめてもう少し女性に見える服装をしてくればよかった、と一瞬にして猛烈に後悔しつつ、俯いてしまった。
「本当に申し訳有りません。仕事の延長といいますか、仕事そのものと考えておりまして。なぜ待ち合わせが職場ではないかと訝しんでいたくらいで。これはやはりデートなんですか?」
間抜けなことを尋ねてしまった。
ちらりと見たアーロンはおどけたように目を瞬き、しっかりと頷いた。
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