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吐く息が白くなったのは、丁度、クリスマスの日。
勿論、仕事だ。
クリスマス休暇なんてものがあればいいのになぁ、なんて思った。
通勤の時に目にする、庭に飾られたイルミネーションなんかにワクワクする。スーパーに置かれているクリスマスケーキのカタログには、つい手が伸びてしまう。
その日は、お互いに残業せずに帰ろう!と話していたけれど、先輩はなかなか帰って来なかった。
仕方がないので先に、チキンを温めたり、サラダを準備していたけれど、すっかり「後は食べるだけ!」の状態になっても、先輩は帰ってこない。
時計を見ると、定時を一時間半も越えている。お腹はすっかりペコペコだったが、言い知れぬ不安の方が大きくて、遂に電話をかける。
けれど、長く続いたコールは「お呼びだししましたが、お出になりません」と言うアナウンスの後に切れてしまう。
それがまた、不安を増長させた。
閉めていたカーテンを開ける。
真っ暗だ。
日が落ちるのが早いから、もうずっと前から、真っ暗だった。
時々通る車のライトも、向こうに見える住宅の灯りも、自分には関係の無い光だと思うと、より一層、孤独が増す。
「…………」
なんて、ことを。
なんてことを、してくれたのかと思った。
あの、見掛け倒しの先輩は。
家賃は確かに折半してくれた。
家事は確かに二人でした。
メリットは、確かにあった。
でも、けれど、果たして。
私に、こんな感情を芽生えさせた…この、未来に辿り着いてしまったことは、それを遥かに凌ぐ『デメリット』ではないのだろうか……。
「………なんで、電話に出ないの……」
目頭が熱くなる。
ああ、泣きそう。
告白なんてしていないのに、フラれたような惨めさがある。
だって、あの人の『好き』は、まるで霧だ。
吐く、息の白さよりも、頼り無い。
涙をついぞ溢してしまう前に、玄関が開く音がした。
びくりと、振り返ると、先輩が真っ赤なバラの花束を抱えて立っていた。バラの花で、殆どその顔は見えない。
「…………………は?」
「はぁ、ごめん、遅くなったね。ただいま!」
はぁはぁと息を切らし、ボサボサ頭のまま、ダイニングまで進んでくる。
「ちょ、なん…、なんですか、それ」
「え?バラ」
いや、花の種類を聞いてるんじゃなくて!
「予約してたんだけどねー。いやぁ、クリスマス侮ってたわ。道、混みまくり…!参ったよ。遅くなっちゃって、ほんとごめんね」
「………いえ、」
はいこれ!そんな気軽な感じに、そのバラの花束は私に渡される。
「重ッ……!」
「ねー!数えてみる?百一本あるよ。お店の人が数え間違えてなかったら!」
「…百一本…?」
プロポーズは確か、百八本のバラを贈るとは聞くけれど…。
「いまいち、伝わってなかったみたいだったから。言葉を変えてみようかと思って」
「……」
「えーとね、うんと、」
珍しく、先輩は少し照れ臭そうに笑った。
「“これ以上無いほど、愛しています”」
はにかんで笑う先輩に、ズルい!と思った。
そんなこと、されたら…、惚れない女なんているだろうか…。
「…………馬っ鹿…。先輩、ほんと、頭弱い………」
「えっ!?何それ!ひっど………!」
殆ど泣きながら私が言うと、まだ私の涙に気が付いていない先輩は露骨に傷付いた顔をした。
「…………あれ?なんで泣いてるの…?」
そこでやっと気が付いて、目を丸めた後、あたふたと慌て出す。
「………先輩の、帰りが遅いから………」
「え?あ、ご、ごめんね…!料理、冷めちゃったよね……!」
「違くて、」
気が付いちゃったじゃないですかぁ、と、遂に涙は溢れて止まらない。
「私も、先輩が好きです。ずっと、傍に居て下さい」
「えっ…!」
驚いた顔をした後、先輩はふにゃあと泣きそうな顔をする。
「何、キザなことしてるんですか。そんなことより、早く帰ってきて下さいよぉ……!」
「あ、え、あ、ご、ごめん」
「いやもう、嬉しいですけど!どうしてくれるんですか!今、感情がめちゃくちゃなんですけど…ッ!」
「ご、ごめん…!」
先輩は思い出したように、肩にかかったままだったバッグを床に置いて、バラの花束ごと私を抱き締めた。
「…やっと、後輩ちゃんの口から『好き』って聞けて…嬉しい……」
「………不覚…」
おいおい、と笑って、バラの花束をごっそりと抱き取られる。
「ちょっと、これ、置いとくね」
百一本のバラの花束が床に横たわる光景はなかなかアンバランスで、シュールで、違和感が面白いなと思った。
どうしたんですか?と首を傾げれば、真っ赤に赤面した顔が、上目遣いにこちらを窺う。
「あの、さ。その…、キスを、させてもらっても、いい?」
「……」
返す言葉に少しだけ思案してから、笑った。
「すっかりそのつもりで花束を避けたくせに!」
「えへへへー。すまん。キスするぞ!」
いつもの冗談めいたヘンテコな口調で、先輩は触れるだけの優しいキスをした。
ーおしまいー
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