20人が本棚に入れています
本棚に追加
「初めまして。購買部で事務を勤めてます。宜しく」
きびきびと喋る人だった。
見た目の第一印象は、美人。それに尽きる。黒く長い髪が似合っている。クールビューティってやつだ。耳たぶに光る小さな赤いピアスも。とってもよく、似合っていた。
「初めまして。総務部に配属されることになりました。宜しくお願いしますっ…!」
今年度の新入社員は私だけと言うことで、上司になる方と一緒に二人で、一つ一つの部署の社員の方々へ挨拶に回った。本社だけで社員は八十人と少し。製造メーカーの中小企業に就職した。
誰に挨拶しても緊張したから、その先輩が特別緊張したと言うわけではない。美人だな、と思ったけれど、後にも先にも沢山の人と挨拶を交わし、自己紹介を繰り返した。先輩の名前なんて、もう、次の部署に挨拶に行った時には、忘れてしまっていた。
なのに。
「えっ!後輩ちゃん…!それっ……!“世界が始まった日”の公式グッズのハンカチだよね………っ?!」
その日は、突然、やって来た。
女子トイレでたまたま一緒になった先輩は、私がポケットから出したハンカチを指差す。
「えっ!あ!はい!先輩、ご存知なんですか?」
うん!知ってるよ!と、返す先輩は、初めて見る満面の笑みで続ける。
「私も好きなの!嬉しいーっ!それ、好きな子、私の友人に居ないんだよね!」
“世界が始まった日”と言うのは、五人グループのバンド名で、最近はアニメ映画の主題歌なんかも歌っている。そこそこ、有名だと思う。
先輩は興奮していて、いつもより声も大きければ、口調も少し速い。私は密かに、驚いていた。
先輩って、口下手なだけなのかもしれない。
用事があっても口数少ない先輩は、これまで私に対して、にこりとも笑ったことが無かった。
「まだ話したいけど、取り敢えず、事務所に戻らないとだね…!良かったら、また話そう!」
いや、是非、話してください!と先輩は私に頭を下げた。
最初のコメントを投稿しよう!