主語と述語

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主語と述語

12月24日と25日は戦争だ。 11月に入ったばかりの頃、そう腕組みする楓に言われた事を今更思い出した。 内山田十時、現在12月25日。 23日から殆ど寝ずにクリスマス当日を迎え、気づけばようやっと閉店まで2時間を切るところまで。 お、 (終わる…もうすぐ…終わる…) いくら個数を限定したとはいえ、何十個分を一気に作り、それを箱詰め。 予約者の名前とケーキの数を照らし合わせ、通常のケーキも用意せねばならぬ為、そちらも用意もある。 釣り銭も通常よりも多めに準備。 店内で待たせる場合もある為、整理券も作った。 言葉で言ってしまえばそんなもんかとも思ったが言うとやるとでは大違いとはこの事。 正直目も回る忙しさだった。 目の下に出来た隈も目付きの悪さを際立たせるだけのもの。何の有り難みも無いどころか、初見さんにはただの恐怖でしかなかっただろう。 実際扉の隙間から怖々と覗いている女性も居たくらいだ。 だが、どれだけ疲れたと言おうとも一番疲れているのは誰でも無い、楓なのだ。 ケーキを作っているのは楓。 十時と言えば、精々サンタの飾りやチョコレートのプレートを上に乗せた程度。 箱詰め時は緊張から手が何度も震えそうになり、余計な心配もさせてしまった。 でもそれも今日、後二時間で終わる。 この二時間を抜ければ、あとは三日間の休みが待っているのだ。 せっせと客を笑顔で捌き、対応していく中、申し訳ないが頭の中はもう閉店後の事でいっぱいだ。 (すぐに店を閉めて、んでもって予約していたチキンを買って…あと寿司だ…寿司買って帰るかな…) 風呂にゆっくりと肩まで浸かりたい。 そして、楓と二人まったりと食事をし、特別に取っておいたチーズケーキを食す。 ちなみに特別と言うのは文字通り。 楓が十時の為だけに作った世界で一つだけのそれ。 それを考えたら残り二時間なんてきっとあっという間だ。 「あのー、予約していた荒尾ですっ」 「いらっしゃいませ、荒尾様ですねっ」 珍しい男性客。 ニコニコと対応する十時はまた気合を入れ直した。 close 扉にプレートを引っ掛け、ふぅっと白い息を吐いた十時に店内から聞こえる声。 「つ、っかれた…十時、もう帰れそう?」 トレードマークの眼鏡を外し、猫背で厨房から出て来た楓の眼の下にも例の如く隈がはびこっている。 「お疲れ様、先輩」 「んー…流石にやっぱ疲れるよね…」 首を動かせばゴキっと聞こえる音に苦笑いしか出て来ない。 「早く帰って、風呂に入ろう」 「んー…その前に十時」 「ん?」 両手を広げられ、そこに収まればすぅーっと吸われている音が頭上から聞こえる。 吸われている…。 若干の恥ずかしさはあるが、これが彼の癒しだと教えられた十時はぎゅうっと両手を楓の背中に回すしかない。 「風呂はたっぷりがいい」 「はいはい」 「入浴剤は柑橘類で、泡のやつ」 「はいはい」 「んで、頭洗って、十時が」 「いいよ、全然それくらいやるし」 疲労マックスらしい。 こんな風に甘える楓に労いを感じると共に、たまらなく愛おしいと思ってしまう十時は、こっそりと微笑む。 「晩飯買うし、もう出よう」 「もうデリバリーでいいじゃん」 「えー…」 「もう十時と居たい。今日はそれ以外の人間とは会いたくねーんだよ」 余計な金は使いたくないと経理も任されている今思うものの、そんな事を言われたらイエスとしか言いようがない。 どこまでも楓に甘いと河野に言われるが、どちらかと言えば、いつも甘やかしてくれるのは楓の方。 それは学生時代から変わらない彼からの愛情の形だ。 それ故、今日くらいは甘やかしたい。 「オッケー。じゃデリバリーにして、いちゃいちゃする?」 「する」 素早い質疑応答も可愛いのだから。 *****   クリスマスは好きではない。 むしろ嫌いだと思ったのは、小学生の頃だ。 両親は当たり前に居ない。 クリスマスイブは深夜、当日は疲れ果て帰って来ても寝るだけ。 幼馴染が色々と誘ってくれたが、それも終わってしまえば、また一人。 成長すれば今度は女共が煩い。 期待を孕んだ上目遣いの眼に何かを含んだ物言い。気持ち悪さすら覚えた。 でも、やっぱりそんな両親は尊敬していた。 ケーキを作る事も好きだった。 将来は生業にするのだと思えるくらい。そうしたら、クリスマスもただの忙しい日。 何ら考える事の無い、稼ぎ時だ。 ーーーそう、 (関係ない、ただの、) 「先輩?起きた?おはよ」 「…はよ」 瞼を持ち上げれば、天井と三白眼気味の少し眦の上がった黒々とした瞳。 「飯食える?眠そうだけど」 「あー…朝?」 「そう。休めた?」 落ちてくる優しい声。 「とときー…」 「うん?」 「疲れ…ない?」 疲れた?では無く、疲れない? だってクリスマスなんて無い。本当は理想の過ごし方があるかもしれない。 恋人と過ごす、家族と笑い合う、普通のクリスマス。 もしかしたら寝ぼけたままの延長線での意地悪な問い掛けになったかもしれないが、ぼんやりと見詰めた先の十時は、パチっと瞬きを見せると、 「疲れたに決まってんじゃん」 何を言ってんだとばかりに眉を顰めた。 けれど、 「でも、楓先輩のケーキで嬉しそうなお客さん見ると幸せだよな」 この人のケーキ美味しいでしょ、って自慢したくなる。 悪意無い素直な言葉と、ははっと笑う声。 それと共にに額に当たる、少しカサついた柔らかい感触に楓の眼がゆっくりと開く。 「来年も頑張るからさ、俺。一緒にいいクリスマスにしような」 眼を細める十時の笑顔はそこに。 ーーーあぁ、そっか。 「キスして、十時」 「いいよ」 答えなんてひとつしかないのだ。 お互い、これひとつ。 「お前と一緒で僕も楽しいよ」 誰と何をするか、だなんて今更。 今度はチーズケーキを食す恋人にキスを送るのはこちらの番だ。 終
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