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いつも通り通された会議室。
担当でもある久保がいつものように、いや、いつも以上の笑顔で出迎えてくれた時から何かある、と悟ってはいた。
「サイン会、決まりました」
ぱちぱちぱちぱちー
久保の後ろで白居の拍手する音がやたらと乾いて聞こえる。
「―――――え?」
佑の頬がひくっと引き攣った。
*****
「えー、やっべー何着てく?新しく買っちゃう?つーか、買うよね、絶対っ。あと、美容室予約しとかないとさぁ」
予想はしていた。
この男ならこのくらいのリアクションはするであろうと言う事くらいは。
「あれかな、絵本買ってくれた人何百名限定みたいな感じ?それとも時間制かなぁ」
嬉しそうに首を傾げる常葉は今日も相変わらずの麗しさ。長めの前髪がさらと流れるのも映画の演出のよう。
そんな常葉を見ていると、きゅんなんて柄にもなく胸をときめかせてしまうが、今だけはそんな場合じゃない。
「い、いや、俺返事してなくて…」
「は?何で?」
「だ、だってっ、サイン会だぞっ、ファンの人と会ったりするんだぞっ」
「そりゃそうでしょ」
「そ、それって、つまりは、」
松永佑と言う人間をお披露目すると言う事だ。
*****
食後の茶を啜りながら、苦々し顔をするのはその茶が渋いからではない。
「そりゃお前くらい顔が良くてスタイルが良けりゃ堂々としたもんだろうけど、俺みたいに全然自信が無いやつからしたら、本当人前に顔晒すとか地獄な訳よ…」
「なるほど」
あぁ、そういうこと、と言わんばかりにぽんっと掌を打つ常葉だがその反応もそれはそれで腹が立つ。
「それにさぁ…こう、なんつーか、やっぱ読み手はイメージとか作ってるじゃん。全然イメージした人と違うんですけどー、とか思われたうえに、露骨に顔に出されたら俺立ち直れんぞ…」
たかがサイン会、されどサイン会。
常葉と一緒と言うのは心強いものの、逆に隣にこの男が座っているからこそやり辛いのもまた事実。
いくら恋人とは言え、同じ男として比較はされたくない。
それに…
(ぜってー厄介なファンがつくはず…)
絵本とは別件で、常葉のイラストにはかなりファンも多く、ファンクラブのようなものがあるのも知っている。
SNSで集められた小規模なものではあるが、常葉の絵を宗教画のように崇めている姿も見た事があり、結構なドン引きをしたのも記憶に新しい。
絵本を購入してくれるのは八割が子供を持つママさん。
つまりは女性。
そんな状態なのにこの素顔を晒すとどうなるか、容易に想像がつく。
「えー、それってぇ…佑、あれ、あれだよねー…ヤキモチ、ってやつ」
常葉に一応それとなく言ってみれば、頬を赤らめてモジモジされる。
どんな態度でも可愛い、なんてふにゃっとしてしまいそうになるが違うのだ、そう言う話をしているのではない。
大体サイン会が憂鬱な理由としての、最大な原因があるのだ。
「と、取り合えず、あまり人前に出るのが好きじゃない俺としては今回は断りたいな、とか」
そう、佑自体あまり目立つのが得意ではない。
元々陰キャ寄りの性格、積極性の薄さは当たり前だが社交的さも薄い。
「でもさ、あれでしょ。僕らの初シリーズが二作目出るって言う記念キャンペーンみたいなやつじゃん。サイン会して作者が出ないってある?」
「………そう、だけど」
絵本作家としてデビューして一年半。
一作目は常葉の絵の評判もあり、好調なスタートダッシュを切る事となったが、二作目はシリーズ物はどうだろうかと久保の助言を受け、恐る恐る発売したそれも見事なヒット作品として世に出る事となった。
その功績が認められたのか、将来性を期待されているのか、新人作家としては早すぎるイベントだとも思うが久保のあの明るい顔、後者だとしたら断り辛そうだ。
「じゃあさ、眼鏡をかけるとか」
「眼鏡かぁ…逆に…恥ずかしいな、俺両目2.0だし…」
「今時伊達眼鏡なんてふつーっしょ」
「うーん…」
すぐに行われた作戦会議では如何にして佑の不安を払拭していくかと言う事に重点が置かれた。
「敢えて前が見えない眼鏡をするとか。ATフィールド的な」
「事故しかない気がする…」
「サングラスする?」
「サングラスは陽キャのものだ…」
「お揃いで髭付き眼鏡は?」
「ううぅぅ…ん」
「いっそコスプレしちゃうとか。僕もするしさぁ、可愛いのしよーよ」
「待て、イロモノ作家とかになりたい訳じゃないんだよ」
色々と案は浮かぶものの、納得する案は無い。
常葉は楽しそうにスマホを検索しつつ、変装グッズを見てくれているがこうなってくると段々と申し訳なさの方が大きくなると言うもの。
結局のところこれは佑のワガママだ。
もうアラサーだと言うのに仕事の一環に駄々を捏ねると言うのも如何な物だろうか。
(そうだ…俺は社会人、これも仕事…!)
手に届く事は無いだろうと思っていた夢が叶っている。それなのに、こんな事で嫌だなんて、少々驕り高ぶっていたのかもしれない。
初心が大事っ、常に謙虚さを持ち合わせねば。
「あ、あのさ、常葉。俺大丈夫だから、ちゃんとこのままでやれる、やってみせるっ」
ふんっと鼻息荒く、決意表明するかの如く、拳を握る佑は大きく頷く。
こんな自分のワガママの為に常葉を付き合わせるのも嫌だ。
今はまだ笑顔で受け入れてくれるかもしれないが、そのうちこんな事が続けば、呆れられる未来もあるかもしれない。
(さすがに…それは嫌だ…)
何だかんだ言って純粋に常葉の事が好きで恋人になって同棲までしている佑。年上の醜い駄々をこれ以上見せぬ為にもと思った、のだが、
「んーでもさぁ、正直僕は嫌かなぁって思ってきた」
常葉の言葉に瞬きを大きく二回。
「……ど、言うことだ?」
「えーだって、」
少し尖らせた唇はつやつや。
伏せた睫毛はきらきらと長い。
「考えてみたら、佑の照れた顔とか緊張した顔、他の人に見せるのやだなー、って」
「……ん?」
「佑もヤキモチ焼いてくれてるけど、正直その感情僕の方が大きいと思うんだよね」
「………あ、あー…そ、そっか、」
そう言われてしまえば、返事もこの程度しか言えない。
未だに毎日佑に向かって『好き好きー』だの『愛してるー』だの『俺の事好き?』と言ってくれる常葉だが嫉妬しないなんて無いもんだと思っていただけに少し驚いてしまった。
それと同時に、
(へ、へぇーふーん…)
何処のお約束リアクションだか、佑はゆっくりと握っていた拳を下ろし、顔を赤くしたまま俯き、にやりと上がりそうになる口角を押さえる。
正直に言ってしまえば、普通に嬉しいと言うもの。
モテる筈も無く、むしろ常葉の方が物好きと言う立場であるにも関わらず、嫉妬してくれるのはただただ嬉しいと言う単語しか出てこない。
絵本作家であるにも語彙力皆無。
「と、言う訳でこれでどう?」
「へ?」
顔を上げた先に得意げにスマホを見せつける常葉。
その画面を見て、固まった佑はついでにチュッとその間抜け面にキスをされるのだった。
期待の絵本作家として二人して挑んだイベントにて、それに訪れた客達の写真付きのSNSは大バズリとなる。
【ちょwwwwwwサイン会来たら馬居たんですけどwwwww】
【作家の方が馬の被り物とかwwwwwww】
【超絶美形と馬がいるwwwwwww】
終
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