好みは八割派

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好みは八割派

気付いた事や疑問に思う事が二人と居れば多々ある。 二人と居る場合は全てにおいて公平である事。 けれど、どちらが一人が居ない時は思う存分独り占めを楽しみ、桔平を充電する事が出来る。 そんな約束事がいつ決められたのか定かでは無いが、東伊も新名も桔平と二人きりになった時はここぞとばかりに引っ付いてくる。 後ろからぎゅうっとハグ、かと思えば前からぎゅうっと内蔵潰し。 キスもやりたい放題にやってくれる彼等に口がひりひりすると羞恥で居た堪れなくなる桔平だが、ダメだと言えないのは自分の弱さとも言うべきなのか。 キッチンに立てば、背後から見られる事が多いのもひとつだ。 当番としての役目を果たすべく、わっせわっせと冷蔵庫とコンロ、シンクを行き来する桔平を東伊や新名が見ていると言うものだ。 たまに手を出され、食事作りどころではない事もあったものの、たまに写真を撮っている様子がこれまた不思議さを増す。 「落ち着く色ってあるか?」 「…へ?し、白とか…あ、待って緑とかも」 「へぇ」 東伊からの質問に首を傾げ、 「お前、掃除ってあんま得意じゃねーの?」 「嫌いじゃないけど、下手くそではあると思う」 「あー…そっか、なるほどな」 ふんふんと頷く新名も意味が分からない。 その辺りからだろうか。 何となく二人の帰りが遅くなったようだ。 勿論二人同時では無い、東伊が迎えに来てくれれば新名が遅い。その逆も然り。 「あのさ、最近忙しいなら無理しないでよ。俺一人で帰れるし、つーか普通帰れないって事はねーし」 一応気を遣ってお伺いを立ててはみたが、新名からのちらっと横目で流し見られると、 「……普通って何?誰の物差しで物言ってんだよ」 「……ぁあ」 夏も終わりに近づき、稲川〇二にまた来年と別れを告げたにもかかわらず、背中を這う悪寒に身体が竦む。 でもこの心配してくれるのが嬉しいなんて、そんな感情が先立つ桔平も大概だ。 「お前さ」 「あ、うん」 「やっぱ一人になりたい時ってあるか?」 「ひとり?」 真っ直ぐに前を向き、ハンドルを切る新名からの問いは唐突なモノ。 しばし桔平は車窓から外を眺め、考える。 正直三人で居る時間は楽しい。それは色々と喋っている時間は勿論、三人とも各々違う事をしていても、だ。 東伊は本を読み、新名はパソコンに向かい、桔平はぼーっとしてからの昼寝。 穏やかな時間が三人に共通して流れていると言うのが、大事であり、かけがえないモノだと思っているからだ。 しかし、喧嘩なんてしたらきっと一人になりたいと思うだろう。 頭を冷やしたい、落ち着きたい、誰の顔も見たくないと。 「……あり、そうな気がする」 故に答えは曖昧ではあるが、新名はそんな答えでいいらしい。 「ふーん」 (一体何だ…) 助手席の背凭れに体重を預ける桔平は、こっそりと溜め息を洩らした。 ***** それからしばらくすれば、二人とも落ち着いたのか、また残業などもなく定時上がり、桔平送迎もぬかりなくとなった。 三人揃っての夕食は素直に嬉しい。 東伊か新名、二人と居ても全然悲しいとか言う訳ではないが、矢張り三人で居ればほっこりと暖かい気持ちになれる。 おかえりなさいのキスをして、一緒に風呂に入り、夕食後まったりとリビングに。 明日は土曜日と言うのもあり、時間も心にも無駄に余裕がある。 「きっぺー、明日ちょっと出掛けるから」 「俺も?」 「そう」 新名にせがまれた膝枕の最中、ソファに座る桔平の隣に腰を下ろす東伊から、ちゅっと軽いキス。 「どこ行くの?」 「イイ所」 イイトコロ。 抽象的な物言いに過るのは一抹の不安だが、下から『俺も』とせがむ新名に後頭部を引っ張られた桔平の首からはごきっと音が響いた。 ***** ひと言言いたい。 言わせていただきたい、と言うか文句だけれど。 後部座席でぐたっと寝転ぶ桔平はぐすぐすと唇を噛み締める。 連れて行きたいところがあると言うのなら『手加減』は必要ではないのだろうか。足腰立てなくなり、最後に見た時計は四時を過ぎていた筈。 色々とまみれた身体を風呂に入れてくれたのは感謝するも、そこでもまた挑まれるとは思いもしなかった桔平の表情が苦々しくなるのは仕方が無いだろう。 「ちゃんと起きれたからいいだろ。まだ拗ねてんのかよ」 「………」 若さと健康とありあまる体力は素晴らしい。 チビガリだった頃とは全然違う、むしろそこら辺の人間よりも体力のある桔平だからこそ、二人を相手出来るのだがそれでも納得できない部分は大きい。 「もうちょっと俺の事考えてくれてもいいんじゃね…?」 「大事にしてるから気持ち良くしてるだろ?」 ――――ごもっとも。 それは本当の事なのでぐぅの根も出ない上に、確かに最後強請っていたのは自分だったのを思い出した桔平は悔し紛れにぎろりと新名を睨み付けた。 そんな顔をされても可愛らしいもの。 新名がふふっと眼を細め、釣られた東伊も口角を上げる。 しかし一体何処に向かっているのか。 車で移動する事、20分程。目的地に着いたらしい車が止まった。
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