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ほらほらと二人に促され、降りた先、目の前には一軒家。
(どちら様のお宅だ…)
ぐるっと周りを見渡せば、ぽつんぽつんと家が建っているが戸惑う桔平を他所にさっさと家の中に入っていく二人がその腕を両方から引っ張る。
「え、ちょ、待って、ここ誰の家だよ、」
「大丈夫、大丈夫」
「大丈夫って、」
勝手知ったるなんとやら。
玄関の開錠もやってのけたところを見ると本当に大丈夫なのかもしれないが、他人の家に入っている罪悪感は拭えない。
しかし、
「あ、れ、」
そこは桔平が想像しているような光景ではなかった。
玄関を入れば当たり前に廊下があるのかと思えば、何もない。その玄関すらコンクリートがむき出し状態。
そう、文字通り、そこには何も、と言うよりは柱と床がお粗末程度にあるだけ。
家の中で内戦でもあったのかと懸念するくらいの壁も打ち破られている。
「……何、ここ」
「リフォーム中なんだよ」
土足のまま上がり込む彼等に続き、きょろきょろと見回す桔平はごくりと喉を鳴らした。
廊下らしき場所を足元に気を付けつつ進めば、開けたそこはリビングらしき広さがあり、広く大きな窓の向こうにはウッドデッキ、雑草だらけではあるが庭も完備されているらしい。
「二階もあるけど、危ねーからまた今度な」
「…今度?」
「風呂はあっちで、ゲスト用の部屋はあっち、トイレは二階にもあった方がいいかなと思ってんだよな」
「え、は?」
全く意味が分からないままに進む東伊と新名の話に交互に顔を見遣る桔平の口が間抜けに開いていく。
(どういう事?)
ぽかんと自分達を見上げる桔平に、にぃっと口角を上げる新名の王子様フェイス。
ちょっと意地の悪そうな表情が子供みたいに見えて可愛く見えるも、今日は惑わされない桔平はひっそりと眉根を寄せた。
「何が何なのか、説明してくれないと分からんよ」
「まーサプライズとかやり慣れてないし、やっぱお前の意見も聞きたいと思って連れて来たんだよな」
「…意見、って?」
新名もそう言うとふっといつもの無邪気な笑顔を向けてくれる。目尻に少しだけ皺が寄る、桔平の好きな場所の一つだ。
ぎゅっと握られたのは桔平の手。
左手を東伊、右手を新名にしっかりと掴まれると、不意にドキドキと心臓が動き出す。
いつもこのドキドキ感は新鮮に感じる。
初めて二人から手を引かれて、抱きしめられた時を思い出してしまうから。
もう十年も前の事なのに色褪せない記憶。
「ここ、俺らの家」
「自分達で設計からしてリフォームするんだよ」
「―――――は、」
だからこそ、いきなりそんな事を言われ、はっと目を見開いた桔平にくすくすと笑う二人はゆっくりと家とはまだ呼べないそこを見渡した。
「前にリフォーム頼んできた客居てさ。若い男だったけど、昔の家みたいにしたい、って内装とか外装もこだわって。大事な人にいつか見せたいとか言ってて」
「その話をトイから聞いて、俺等も造ろうって話になってさ。一軒家、一緒に住むだろ?」
「う、ん」
問われて咄嗟に頷く桔平だが、脳内で言われた事を反芻。
つまりは、この家を話し合ってリフォームして、東伊、新名と一緒に住む、と言う事だ。
でも、何故急にと浮かんだ疑問もすぐに掻き消される。
「ここならお前のじーさんも近いし泊まりにも来れるだろ。俺でもにーなでも迎えに行けるし」
「二階にもそれぞれ、きっぺーの部屋も作るから、案があったら言えよ」
「キッチンも使いやすいようにしようと思って。動線とかも色々考えてるんだよな」
楽しそうに部屋を見回す二人に見惚れてしまうのは今更。
―――――ヤバい、
リフォームとは言え、この二人は一軒家を建てようとしている。
三人で暮らすため、三人で一緒に居る為、
(それ、って、)
「け、っこん、みてー…」
勿論同性同士でそう言う言葉を使う事が正解ではないのは分かっている。認められていない上に偏見だってある。
けれど、形だけでも、自分本位に、そうだったらいいのにと希望を交えて、そう捉えていいのならば、
「そうだけど?」
「最初から、プロポーズのつもりだわ」
「…………おぅ」
そう捉えていいらしい。
むしろ正解だったようだ。
「すっげー顔」
東伊、新名からじわじわと歪む間抜け面を笑われるも、こちらも必死で耐えているのだから、不本意極まりない。
(泣きそう、だ…)
何故に泣くのを我慢しようとすると、こんなに不細工になってしまうのだろう。
分かっている、みっともない。
けれど家族なんて縁遠いものだと思っていただけに、そんな風に言われるとは思ってもみなかったから仕方ない。桔平の中で小さな頃、ぼんやりとでしか浮かばない母の後ろ姿が思い出される。
こちらを一度も振り向く事の無い母を祖父の背中越しに見詰めていた。
父も手を握る事なんて一度も無かったのに、この二人はいつまでも握ってくれるのだ。
そんな二人がプロポ―ズだなんてノリでも言ってくれるなら、これ以上の贅沢な事は無い。
「何、お前泣いてんの…」
「嫌だからとか言う理由じゃないよな?」
俯く桔平の頭を抱く新名の息が耳を擽る。
東伊からも腰を引かれ、
「当たり前じゃん…」
と低い声で告げるとこめかめに贈られるキスがどこまでも優しい。
男同士、しかも三人での交際。
常識的にも外れ切っているかもしれないが、この関係が特別だからこそ大事にしたい。
(まじで…ずっと一緒に居たいわ…)
そう強く願うのはきっと自分だけではない筈、だ―――。
「引っ越ししたら蕎麦とか配った、方がいいのかな…」
「隣近所に?今時?どーなんだよ、トイ」
「自分達で食えばいいんじゃねーの」
「あ、だったら俺は八割派っ」
家の完成まであと半年。
終
「つか、だから台所で写真撮ってたんだ…」
「あーお前ってどう動くのが多いのかって思ってさ」
「その割にはにーなのスマホにきっぺーの尻部分のアップ多いけど、性癖増えてんじゃね」
「…………」
「…………いや、黙んないでよ…」
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