感じ方は人それぞれ

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感じ方は人それぞれ

上野は、荒尾利桜の事を得たいが知れない生き物だと思っている。 学生時代は物腰柔らかい美少年。 十人居れば十人ともそう言うであろう。 現に感情を露わに声を荒げる事も無く、常に笑顔で周りの人間達のムードメーカーの様な立ち位置。嫉妬や羨望もあっただろうに、そんな感情を表立って受ける事も無かったのは矢張り本人の人となりもあった筈だ。 だが、生徒手帳には幼児男子の写真を挟め、スマホの待ち受けもその子供だと知った時、無意識に上野の身体が後ろへと仰け反った。 言っちゃ悪いがそんなに眼を惹く様な子供ではない。 何処にでも居そうな、普通の子供。 けれど、たまにカメラ目線では無いのがこれまた恐怖を誘う。所謂隠し撮りじゃないかと気付いた時にはぞくっと背中に悪寒を感じたものだ。 スマホの待ち受けに関しては一か月に一回の頻度で変わるのも妙なこだわりを感じたものの、利桜本人はさも当たり前の様な顔をしているのだから、こちらが変なのかとも思った思春期時代。 だが、それは決して自分が可笑しい訳では無かったのだと十年越しに気付いた事実を前に上野は顔を強張らせた。 「どうしました?」 目の前できょとんと瞬きする忠臣を凝視したまま――――。 * 忠臣に会ったのは偶然だ。 休日出勤、前日飲み会、午前様。 ほぼグロッキー、生きた屍とかした頭でふらふらとエナジードリンクを購入したばかりのコンビニ前のベンチでストローを用い吸引していた時、ふっと影が掛かった。 「…あ?」 時間帯を考えない輩が絡みに来たのだろうかと、無意識に眦を釣り上げ見上げれば、その先には真っ黒な髪に真っ黒の眼。 居たって普通の青年が伺うようにこちらを見下ろしていた。 「あ、やっぱり、えーと…利桜くんの、」 「利桜…?」 ふっと笑って見せる顔は悪意の無い素朴な笑顔。 少し眉が垂れ下がるその笑顔と『利桜』と言う名前に上野は、ハッと眼を見開いた。 「お前、あれだ。荒尾の、」 「あはは、そうです。えっと、確か利桜くんのご友人ですよね。上野、さん?」 人の名前を間違えるのは失礼に当たると少し戸惑いつつも、そう伺いを立てる忠臣に上野は『そうそう』と頷いて見せる。 「大丈夫ですか?何か顔色悪いですけど」 「あー大丈夫、大丈夫…これは自己責任って言うか、責任を放棄した結果の末路って言うか…」 「はぁ…」 あまりピンと来ないのか、曖昧に相槌を打つ忠臣を自分の隣に座らせるべく、隙間を開けてそこを掌で叩く。 「座れば。時間あんの?」 「ありがとうござます、実はここのコンビニ店員待ってて」 「店員?」 ちゅるっとストローから口を離し、忠臣の方へ顔を向けると今度は上野が眼をぱちりぱちりと動かした。 「ここのコンビニ店員、同級生で。今から食事しようってなってて」 「なるほど。まぁ、飲み過ぎるなよ」 若さが羨ましい。 もうすぐ夕方、さぞかし楽しい一日の締め括りを迎えられるだろう。 酒は程々に、おじさんみたいになるぞ、と―――――。 「まぁ、食事だけなんで終わったら今日のうちに戻らないとなんですけどね」 「―――は?」 「未成年じゃ無いとは言え、俺まだ誕生日来てないし、二十歳にもなってないんで」 「あ、あぁ、そうか、そっか、そっか」 そうだった、忘れていた。 すっかり成長し見違えていたからか、自分と同じような事をしないようにと心配してしまっていたがよくよく考えれば二十歳前。 流石に飲酒なんてしないのが当たり前なのだ。 けれど、そんなクソ真面目に行動しなくても、と思うのもまた事実。今時の若い子なんてそんなルールなんて暗黙で破っていると言うのに。 「けど、その日のうちに帰宅とか、中々お堅いな、お前」 (真面目か) ふふっと笑ってしまいそうになった上野はまたドリンクを啜るも、 「あー…て言うか、利桜くんからの要望が多くて」 「は?」 やばい、口からドリンクが流れ出るが、それどころじゃない。 「利桜くんは俺を預かってるから心配してくれてるのか、きちんとその日に帰らないと駄目だとか、友人であっても外泊も出来るだけ禁止、連絡もこまめにしてほしいらしくて。めっちゃ心配性ですよね」 ははっと笑って見せる忠臣だが、上野の口からは未だ拭かれる事の無いエナジードリンクが垂れ流しにされている。 (…は?は?はああああああああ?) ―――――何考えてんの、アイツ。 一体どんなツラしてそんな事を言ってるのだか。 自分は散々大学時代は夜遊びは当たり前、女だってとっかえひっかえ、選り取り見取りの日替わり定食の如く、まるで工場のベルトコンベア作業だったではないか。 だからと言って当時付き合っていた彼女に束縛を強いる事なんて無かったのは勿論の事、執着している素振りなんて皆無。 逆に『いつまでも放っておかないでよっ!!』と壁ドンを食らっていたのを知っている。 そんな自由気ままを絵にかいたような男が、友達であっても外泊禁止?午前様もダメ?連絡はこまめにしろ? (すっげー束縛彼氏じゃんか…) まるで見本の様な男となってしまっている。 怖い、純粋に怖い。 いつからそんな感情を抱いて、どう拗れてしまったのだろうか。 よほどこの子が好きなのだろう。何の変哲も無い、普通の青年だが手放したくないと強く願う程に惹かれる何か。 「……お前、それでいいわけ?」 「いい?」 「そんな束縛されて、もっと自由にさせて貰えよ。僕だったら絶対に嫌だけど」 いくら恋人同士だからと言ってそこまで雁字搦めにされるいわれは無いだろう。 元から青白い顔がもっと青味を増し、げぇっと顔を歪める上野を忠臣はふっと苦笑いに似た何とも言えない笑みで返す。 矢張り堅苦しい思いをしているのだ、流石に気の毒だと我が友人ながら恐怖しかない。 しかし、 「いや、でもああいうのって俺が保育園の頃からそんな感じだったんで」 「――――は?」 「例えば同じアパート内でも食いモン貰うな、とか、迎えに行くまで何処にも行くな、とか。休日は自分を優先してだとか、あと無理矢理携帯持たされそうになった事もあったし」 え、え、ええええ? ―――と、言う事は、だ。 上野と知り合った時は既に、拗れていたのでは? あの時―――。 生徒手帳に挟まっていた写真だとか、スマホの待ち受けだとか、運動会の時の連写していた写真だとか、何かと言ってはさっさと帰っていた時だとか、高校時代に荒れた時だとか、 (ただのやべー奴じゃん…) ひくっと引き攣る上野の頬は決して休日出勤の疲れ等では無い。 ただ単にドン引きしているだけだ。 だが、忠臣にとってはそれは通常営業。 しばらく離れていた為に若干の差異はあったものの、すぐにそんな利桜の嫉妬深さにも対応できたと言う話だ。 ―――――えー… (この子、すっげぇー…………) 後日、さりげなくその話を利桜本人にしてみれば、 「は?忠臣の事なんだからそれくらいして当たり前だろうが。本当なら学校とか辞めさせて専業主夫にさせたいけど…それじゃあまりに忠臣が可哀想だからさせてないんだよ」 十分可哀想に感じるんですけど。 「上野、お前口から酒流れ出てるぞ」 ―――お前から溢れ出るメンヘラ臭よりマシだわ!!!!! 終
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