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おでんにロールキャベツは必要です
就職して早八か月。
既に十二月、街はすっかりクリスマスモードと言うもので、赤や緑、金色と言ったクリスマスカラーが至る所で眼の端に留まる。
寒い冬の中でも聞き覚えのある曲が至る所から流れ、若干不協和音もいいとこだが、クリスマスツリーも店頭に飾られ、中には赤と白の衣装で練り歩く期間限定聖人君主の如きボランティア活動を行う老人のコスプレもあり、視覚からだけでも十分にその気分を味わえると言うものだ。
「すっかり世の中はクリスマスなのだね。ついこの間までハロウィンだの七五三だのってイベントされていたと言うのに。時間の流れとは早いものだ」
マフラーに顔を埋めながら、肩を竦める百田はどうやら寒さに弱いらしい。
しっかりと手袋まで装備していると言うのに、いつもの姿勢の良さはどこへやら、コートのポケットに手を入れて背を丸くし、鼻の先を赤くしている。
「本当ですよねー…。もうクリスマスとか、今年も終わりって感じですね」
「どうせ君は瀬尾と一緒に過ごすのだろう。何か計画はあるのかい?」
「計画…」
そう言われてみれば、ハルと出会ってからは毎年二人でクリスマスを過ごしているが宇汰自身が何かを計画した事も無い。
今迄は学生と言う事もあり、『遠慮しないで』と何もかもを準備して貰っていた。
(あー…おんぶに抱っこってこの事だよなぁ…)
ハル自身が嬉々として動いてくれていたのだから有難いと思う反面、いきなりミニスカサンタコスの衣装を渡された時は流石の宇汰も渋い顔を見せざる得なかったが。
(何が悲しくて成人男子のミニスカサンタなんて見せにゃならんのだ…)
尤も、嬉しそうに笑うハルの姿に何も言えなくなったのは宇汰本人。
ちなみにその後『色々と』盛り上がってしまったのも誰にも言えない事だ。
「百田さんはどうするんですか?」
気を取り直して、そう問うてみれば、百田はうーんと首を竦めた侭曇天の空を見上げる。
「…僕は、そうだね。取り合えず家族の襲来が目下の不安視するところだね」
「襲来?家族が?」
家族とあったかシチュー、三角帽子でホームパーティー、と言う口ぶりでは無い。
しかも、珍しく眉間に皺を寄せる百田のこの表情、もしかしてボーナスでもたかってくる毒親だったりするのだろうかと一瞬思ったものの、
「…昨年くらいから煩くてね…見合いしろだの、なんだのって」
「あー…」
なるほど。
思わず大きく頷いた宇汰は、ほほう…っと思わずその顔を覗き見た。
ハル程ではないが、ちょっと濃い目の整った顔立ち。
最初は痛い人間かとも思っていたが、話してみれば博識さが目立ち、彼自身の自論も非常に面白い。
言うなれば、自己肯定感が高い。それなのに、変なとこ押しが弱いと言うか。
「……受けるんすか?」
いや、まさかね。
この顔立ちならば、写真を見ただけでお相手は即了承だろうが、そんな話受ける筈も無い。なぜならこの男は碧司誠に惚れているのだ。
それも大学生の頃からと考えれば、結構な長い間の片思い。就職してからも、あわよくばと自分の会社に引き抜きまでしようとしてたくらいに碧司へのベクトルは強め。
そんな百田がお見合いなんて受ける筈も無いが、話の流れに乗ってみた、と言うものだ。
が、しかしだ。
「まぁ…いい加減逃げ切るのもキツくてね…お見合いの一回や二回は受けてもいいと思っているんだ」
「―――――へ…?」
まさかの返答に冷たい北風を受けながら、固まったのは宇汰の方だった。
*
「お見合いなんて受けるだけだろ?別になんて事は無いと思うけど」
帰宅するなり、ハルへと相談するも、帰って来た言葉はふふっと微笑混じりの肯定文。
「え、そ、そりゃそうかもしれないけど…」
「してみるだけタダなんだから。それにアイツ色々と体験するのが好きな男の筈だよ。後学の為にもなるんじゃない?」
そう言われてみればそうかもしれない。
確かに聞いてみるよりやってみよう、なんて言葉があったような、無かったような。
百聞は一見に如かず?
そんなもんかとも思うが、自然と寄る宇汰の眉間の皺は深く濃くなる。
納得いかないのは、主にこの部分。
『してみるだけタダなんだから』
ここだ。
タダならやってみるんか。
どうも腑に落ちないのは宇汰だけだろうか。
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