おでんにロールキャベツは必要です

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だって、それは、 「…つまり、ハルさんもお見合いが来たらやるだけタダだから、やってみようってなるって事っすかね…」 声が低くなるのも仕方がない事だ。 「まさか。俺はそんな時間の無駄になる様な事はしないよ。それ以上にそんなくだらない事でウタくんとの時間を割くとか冗談じゃない」 さらりとそんな事をキラキラエフェクト付きで言ってくれるものの、嬉しいと思う反面一度生まれた反骨精神はすぐに消えてくれない。 「じゃ、俺が後学の為ってお見合いするのはどうなんすか」 少し意地悪な質問をしてしまう。 タダだからと言って相手の時間を貰ってまでその気のないお見合いなんてするのもどうだろうか。その上好きな人が居ると言うのにそんな事を推奨出来るハルに、何となく嫌な気持ちになってしまった宇汰の反撃のようなものだ。 尤も、お見合いを受ける裏には色々な事情があるのかもしれない。宇汰の考えがまだまだ子供なのかもしれない。 はぁ…っとこれみよがしな溜め息を吐くハルに若干の緊張が走った。 (もしかして、呆れられた、とか…、) 分かっている。 これはただの嫉妬だ。 最初に感じた嫉妬が普通に尾を引いているだけの、それこそ子供の地団駄丸出し。 煩わしいと思われるのでは、と一瞬不安が過ぎるも、 「何言ってんの?ウタくんがお見合い受けたりなんてしたら、もう二度と家からは出れなくなるよ」 一切の感情が抜け落ちた美形の顔は恐ろしい。 決して冗談では無いのであろうと言うハルの口調に宇汰の喉からごくりと音が鳴った。 * 『アイツらなんてどうでもいいけど、変に口を出さない方が良いよ。多分だけど百田は碧司とどうこうなりたいって訳じゃないと思うからさ』 『そんなもんすか…』 最後にそうハルから念押しされた宇汰は素直に頷いたものの、気にならないと言ったら嘘になる。 正直自分だったらハルがお見合いをするなんて聞かされたら嫌でたまらない。 けれど、 (まぁ…確かに俺等と百田さん達じゃ立ち位置が違うか…) こちらは既に恋人同士。 あちらは未だ友人関係。 コピー機の前で刷られてく会議用資料を見詰めながら、ふむっと腕を組む。 別にお節介な親戚の如く仲人役を買って出たい訳ではない。 ただ百田を見ていると仕事も出来る、顔だってスタイルだって良い、なのに色恋沙汰になると不器用さが目立つのが庇護欲をそそると言うか、応援したくなると言うか。 いつもは飄々としている風に、誰にも隙を見せぬ様に振る舞っているが、碧司と連絡をしているのであろう時は表情がコロコロと変わる所も可愛く見えてしまう。 (素直じゃないとこも、こう、なんつーか、) 「……ーーーーー」 人数分刷られた資料の枚数を確認し、ホッチキスで止めていく宇汰は、その手を止めた。 (そうだよな。俺に出来る事なんて無いもんな) 碧司の気持ちだって全く分かっていないこの現状。 いや、百田の気持ちだってその根っ子は理解出来ていないのだ。 ハルの方が付き合いが長いだけ、あの助言は確信を突いているのかもしれない。 コピー室からオフィス内を覗き見れば、取引相手と電話をしている百田が笑っている。 いつも通り、普段の百田。 (ま、応援だけ、なら、) 心の中でこっそりとーーー。 大きく鼻から息を吐き出し、仕事に集中する宇汰はひとり大きく頷いた。 誰の気持ちも分からないのだから、宇汰の心の中も気付かれる事は無いだろう。 * 宇汰の少し困った顔は頭からバリバリ食べたくなる程可愛いと思うがこの男の困った顔なんて見たって何の満足感も得られないどころか、不快感しかない。 そう思ってしまう自分は友達甲斐の無い薄情な人間なのだろうか。 もっと優しくしてやらないといつか過労でどうにかなってしまうかもしれない…。 ーーーーなんて、思う訳もないハルは本日も社長である碧司誠から、ギリギリと睨み付けられる事三十分ほど。 「聞いてんの、チカっ!!何で勝手にコンセプト変えちゃうかなぁ!!?あちらさんが気に入ってくれたから良かったものの、一歩間違えたら信用問題なんだけどぉ!!!!」 ばんばんっと机を叩きながら拳を握りしめる若き社長の背中を遠巻きに見詰める社員達の顔色もすこぶる悪いが、当の本人はちらっとだけ視線を上げるとすぐにパソコンへと戻した。 「うるさいなぁ。仕方無いだろ?人間に合わないカラーにパターン、デザインまでダサいって俺的に我慢ならなかったんだよ」 「それ、そこっ!!!!そこをどうにかするのがクリエイターとしての腕の見せ所じゃないわけ!!?」 「でも一応打診案としてデザインを見せただけで、すぐにコロッと変えたのは向こうだろ?俺の腕見せてやったようなもんだろうが」 一ヶ月に一回は起こっている二人の言い争いはもう名物の様なもの。 だったら何故社員達が心配そうに見ているかと問われれば、その答えは碧司にある。 いつか血管がブチ切れて倒れてしまわないかと言う恐怖からだ。 そうじゃねーんだよ!! 腕を見せりゃいいってもんじゃねーんだよっ、そんなもんパワー!!ってやってる芸人だって出来るんだよっ!!! 未だ陽あたりの良いオフィス内でそう響く声をBGMに、早く退勤の時間になって欲しいと切に願う彼等だ。
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