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退勤後は真っ直ぐ帰宅予定。
宇汰と付き合う前のハルからは想像もつかない健全なアフターファイブは、碧司からしてみれば、未だ気味が悪いとすら思える。
「あーさむ…っ、やっぱこんな日はおでんだよね」
「おでんかぁ…今度美味しいとこにウタくん連れてってみようかな」
「……くそが」
コートに両手を突っ込み肩を竦めながら毒づく碧司をちらりと見下ろし、やれやれと言った風にハルは斜め上にと視線を上げた。
「……お前、アイツの事はどうしようと思ってんの?」
「は?」
ハルらしくも無い行き成りの問い。
眼を丸くする碧司はまじまじとその美を凝縮したような顔を見遣る。
「何、いきなり」
「ふと気になっただけ」
「えー…気持ち悪ぃ…」
普段そんな人の事なんて気にもしない、いや、と言うよりも生きてようが死んでようがどうでもいいと思っていると言っても過言でない男が何を考えているのだろうか。
訝し気に眉を潜める碧司だが、すっと視線を真っ直ぐに戻すとはぁっと息を吐いた。
真っ白な、闇に映えるその色。
「前は誰から見ても分かりやすいくらいに俺に突っかかってたのに最近は落ち着いてねアイツ」
「確かに…」
「で、結局はどうなんだよ」
「知らない」
「ふぅん」
「だって何も言わないし、聞かないし」
「あぁ、そう」
「何だよっ!?聞いたのそっちの癖にあまりに興味無さ過ぎな返答だろっ」
「まーな」
「んだよ、それ、まじでっ!!」
主語も何もない、第三者から聞けば一体何の話をしているのだろうと首を傾げてしまいそうな会話だが、この二人には十分に通じているらしく、また大きな溜め息を吐いた碧司は寒さも募り憎々し気に眼を細める。
「つか、本当いきなり何なのさ…」
「別に見合いするって話聞いたから」
「はー…あぁ、そういう事ね」
鼻で笑う碧司をまたちらっと見遣り、様子を伺うも特段変わったところも無い。
「いいんじゃない?僕がどうこう言うのもおかしいでしょ?」
「そうだね」
「大体甘いんだよ。何も言わないで察してもらおうなんて。バカみたいに分かりやすい癖して」
「ごもっとも」
「僕が誰と付き合ったって知らん顔してるんだから、お見合いくらいで僕が何か言うと思う?」
うんざりだよ。
と、呟く碧司は普段ハルの近くに居る所為で目立ちはしないがそれなりに整った顔立ちはしている。キャラが先走りし過ぎてモテた事が無いと言うのが悲しいかなの現実。
「――おでん食べたいな」
「忘年会はおでん屋台でも貸切れば?」
「ロールキャベツが食べたい。おでんの具で一番好きなんだよね」
「大根とか卵じゃなくて?」
「あの中で浮いてる感じが好きって言うか。味も染みてるし」
「あぁ、」
―――――お前って、そう言うの好きだよね
*
「あ、いい匂いしますね」
「あぁ、おでんの匂いだね」
こちらも帰り道、寒さに肩を上げる二人の鼻に香って来たそれは淡いだしの匂いだ。
「おでんかぁ、いいっすねー…作ってみようかな」
「瀬尾がおでんとか何だか似合わない気もするけれどね」
「あはは、確かに」
百田の気取っていない笑顔は実年齢よりも若く見えるのは、こうして色々な顔を見せてくれるようになったからなのか、それとも普通に打ち解けてきらからなのか。
「忘年会は和食の店もいいかもね」
「もしかして百田さんも幹事の一人ですか?」
「いや、ただの希望だね」
先日出席を取られた忘年会。勿論出席で出した宇汰にハルが少しだけむくれたのは偶然夏乃が遊びに来ていた時。そんな兄の姿に少しだけ残念そうな顔をしていたのは記憶に新しい。
「…あの、百田さん、」
「何だい?」
「お見合い、ってのは、いつするんですか?」
「え?」
「あ、いや、あの、なんつーか、俺はこの先お見合いなんてする事もないだろうから、その、どんな感じかなーって…」
慌てて、言い訳をする宇汰をくりっと眼を見開き、一瞬驚いた風に見せた百田だが、『あぁ、なるほど』と薄く笑うとスマホを取り出した。
「どうやらクリスマスくらいにセッティングしようと思っているらしくてね」
「あ、あぁ…」
「考え方が安易で困るよ、まったく」
クリスマスのムードに押され、あまつさえそこら中に溢れるであろうカップルからのオーラに当たれば、それとなく良いムードに持って行けるのでは、なんて言う、それだろう。
あわよくば、とか、
「我が母ながらなんとも」
「あぁ…」
身内に生々しい下ネタを言われた様な気分になったのであろう、少し困った風に笑う百田に何と言っていいのやら。
ただ、聞きたい事は、あったりする。
「あの、」
「何だい?」
「そのー…百田さんは気になってる人とかは居ないんすかね…」
「気になってる人?そうだねぇ、今更だと思うのだけれど…」
今更、とは?
聞いてみたいが本来ならば首を突っ込むなと忠告されている事。これ以上出しゃばるのは馬に蹴られるルート確定だ。
「そうっすか…感想待ってます…」
「………君、なんかフリーでルポライターでもやってるのかい?」
匂いに当てられたのか、途中コンビニに寄った百田が一人暮らしはこれくらいで十分と卵に大根、牛すじ、ちくわとおでんを購入するのを見ていた宇汰はこっそりと肩を竦めた。
――――おでんの具みたいに、色んな人が居て当たり前、ってか。
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