おでんにロールキャベツは必要です

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家に戻れば、ぱたぱたと聞こえる足音に、自然と口角が上がる。 「おかえり、ハルさん」 「ただいま」 相変わらず先に帰った方が出迎えると言う習慣は続いており、当たり前だがハグからのおかえりのちゅーまでがワンセット。 相変わらず仲睦まじい様子は、例えば夏乃ならばいつも唾を吐き出さんばかりの歪んだ顔を見せるがハルにとってそんな事知った事では無い。 弟はそれなりに可愛いが宇汰はまた違う次元にあるのだ。 一緒に居るのが心地良い上にセックスは経験した事の無い気持ち良さを味わえる上にずっと中に居たいなんて思える。 もしかしたら前世は宇汰の子供だったのではと賢者モード時に真顔で考えてしまうくらいだ。 雑誌に載ってからは仕事も倍に増え、一時期は眼光だけで人を射殺さんばかりのオーラを纏っていたハルだが帰宅し、宇汰からせっせと頭の先からつま先まで構って貰えば次の朝にはすっかり爽やかモードで出社。碧司からポケットマネーで金一封を払いたいと申し出される事もあった。 「もうすぐクリスマスじゃないですか」 「あぁ、そうだね。ウタくん何か欲しいものあるとか?何でもいいよ、何がいい?」 「年金が火を噴く祖父母みたいな事言いますよねー…」 「何それ」 ふふっと笑うハルの手が宇汰の腹に周り、後頭部に唇を当てられる。 夕食後はこうして二人でまったりとした時間を過ごす、互いに大事な時間。 それなりに広いマンションだが常にひっついている為に使用しないスペースもあり無駄な空間が多すぎる。 碧司曰く、 『燃費が悪いと言うべきか、エコじゃないと言うべきか』 やっかみ怖い、嫉妬って見苦しい。 薄っすらと笑うハルは恋人の居ない友人を想う。 「そう言えば、」 「はい?」 「百田って、お見合いどうするって?」 「え、あぁ、何かクリスマスにするみたいですよ」 「………クリスマス…何だろうね、何かの陰謀を感じるわ」 「あははー…」 「俺等は何しようか。イブは仕方ないとして、次の日は休み貰ってホテルで一泊二日でまったりとかでもいいと思うんだけどさ」 サラリとそんな事をいってくれるも、前よりもハルが忙しくなっているのを知っている。特にクリスマスと言うクリスチャンでも何でも無い人間でも賑わうそんな日に休みを貰うなんて出来るのだろうか。 「えー…大丈夫なんすか…ついでに俺は休める自信無いっすよ、流石に…」 社会人になった今、ほいほいと休みなんて貰えないと理解している宇汰は訝し気な視線を送るもハルはふふっと眼を細めると、ゆったりと恋人に唇を押し当てた。 * 今日は朝からついていない。 お気に入りのマフラーは落として人に踏まれるし、最近購入した靴でガムを踏むし、ぶつかった女からは舌打ちされる。 そして、とどめがこれだ。 「は…?クリスマスに休みくれだぁ…?」 「そうそう、よろしくー」 デスクに座り、くるりと上機嫌に椅子を回す男の長い足はよくもまぁ絡まないものだ。 小指を打てばいいのに。 「馬鹿じゃないのっ!クリスマス当日は前々から打ち合わせ入ってるって言ったよねぇ!!?直々にお前ご指名だってちゃんと言ったよねぇ!?」 「案は全部出来てるし、打ち合わせつってもおっさん達とランチしながら面白くも無い話を延々と聞かされる苦行だろ?」 「い、言い方…っ」 「兎に角、休みは貰うから。何の為に詰め込んで仕事してたと思ってんの?」 確かにここ最近は愚痴も言わずに淡々と仕事をこなし、会食や打ち合わせにも嫌な顔一つせずに出席してくれていた。若手にもひとつひとつ丁寧に指示を出し、率先して相談も受けている姿だって目撃していた。 デザイン案も必要以上に用意し、クライアントに選択の幅を広げてくれたりと。 そんなハルを見て、こそっと感動し涙していた碧司だが、結局はこれだ。 「本当、マジでお前って…っ」 「まぁまぁ、その代わりひとつ良い事教えてやるから」 「…は?良い事?」 大口の案件でも見つけて来たのだろうか。 疑わしい目を向ける碧司に、口角を上げたハルの笑顔はそれはそれは綺麗なものだったりする――――。 * 「え、お見合いキャンセルしたんすか…」 「そ、そうなのだよ」 一緒にランチでもと誘われ、近所の定食屋にて少しだけ頬を染めながら、肩を竦める百田を宇汰はまじまじと見つめた。 一体ここ数日で何があったのやら。 『お待たせしましたぁ』と運ばれてきた鍋焼きうどんも熱々のうちが美味しいのだろうが、今はそれどころではない。 「え、え、ちょ、何でですか、何があったんすか、お断りされたんですか?日取りが良くなかったとか、」 「待って、君本当にライター志望とかじゃないよね…」 こちらも注文した天麩羅蕎麦に手を合わせる百田がやれやれと息を吐くも、その表情は何処か嬉しそうと言うか、照れ臭そうと言うか。 (…気の所為?) いや、 「その、クリスマスは碧司から飲みに誘われてね、二人だけ、なんだけど」 「……あーーーー…」 あ? 「おでんを食べたいとか急に我儘言い出して、本当に困ったものだよ。しかもクリスマスじゃなきゃ嫌だとか、」 これほどまでに表情と言っている事が違うのを見た事が無い。 「へ、へぇ…」 「仕方無いから、色々おでん屋を調べる羽目になったのだけれど」 ロールキャベツのある所とか、 照れ照れとそばに箸を入れる百田を半ばぽかんと見ていた宇汰だが、あ、っと小さく呟くとしばらくしてようやっとうどんを啜った。 (ハルさんかぁー…) 人には首突っ込むなとか言っといて。 何となく腑に落ちないと思いつつも、 (ま、いっか…) これで自分のクリスマスに集中出来ると、ふっと口角を上げた。 (みんな、良いクリスマスになれば、それでいいって話だわ) そう、それでいい。 今年はどんなコスプレをさせようか、なんて恋人が考えている事も知らずにーーーー。 終
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