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そんな時代もありました
珍しい物好きと言うか、海外かぶれが過ぎるのか、それとも流行り物好きなのか。
忠臣が小学校二年生に上がった頃、『ハロウィンウォーク』となるものが地域で開催された。
参加費300円。
ハロウィンとは?と馴染みの無かった忠臣でも主催からのチラシにあった『仮装してお菓子を貰おう』の謳い文句に惹かれない訳がない。
300円とは言えど、金は金。母子家庭と言う事もあり、申し訳なさげに母にそれとなく相談してみれば、
『え、楽しそうーっ、いいじゃん、行きなよぉ!』
と、笑顔で即答してくれた。
早速仮装はどうしようか、なんてはしゃぐ母はその日のうちからバイト仲間から貰ったと言うミシンを引っ張り出し、何やら作業に取り掛かる。
『ふふっふー、お母さんに任せなさいっ!これでも高校は被服も必修科目だったんだよねぇ』
腕まくりしつつ、せっせとそれから一週間。
仕事もあったであろうに、きちっとしたパターンも無しに作り上げたのはチャイナ服のようなそれ。
『可愛いっしょ、キョンシーだよ』
衣装に合わせた色合い保育園時代の帽子もリメイク。
文字の書いてある短冊型の白い布はお札らしい。
『キョンシーって何?』
『中国のゾンビだね。今度映画借りてみる?』
『うん』
中国のゾンビ。何だかカッコいい。
衣装もとても好きだ。何より母が作ってくれたのだ。
ハロウィンウォークが楽しみ過ぎる。
シオンも一緒に参加してくれるのも嬉しい。桃色の頬っぺたをふくふくとさせる忠臣は期待に胸を膨らませ当日を迎えた。
*
予想以上にハロウィンは楽しいものであった。
ミイラ男だ!と白い布を身体中に巻き付けたシオンとかぼちゃのおばけだ、ドラキュラだと仮装した友人達とその他にも可愛らしい魔女に変身した女の子や妖精に扮した幼稚園児等、行列を作りあらかじめ許可を取ってある家に訪問をし『トリック・オア・トリート』と呪文を唱えるとお菓子が貰える。
飴やキャンディ、手作りの焼き菓子まで。
配布してもらった紙袋いっぱいにお菓子はまるで宝石の様にキラキラとして見える。
「すっごい…」
「忠臣っ、うちからもチョコレート持って来たからやるよっ」
シオンからも可愛くラッピングされたドライフルーツの入ったチョコを貰い、胸はバクバクだ。
「ありがとっ」
その気持ちのまま、友人達とわいわいと楽しく家路につく中、
「忠臣…?」
「あ」
背中に掛けられた声にくるりと振り向くと制服姿のお隣さんの姿が。土曜日だが背中に背負ったリュックがあるところを見ると、部活帰りなのだろう。
「りおくん」
「どうしたの、それ」
それとは一体何を指しているのか。
この格好?それとも大量のお菓子?
「は、ハロウィンだったから、イベント行って来た」
「あぁ、そうか。なるほどな」
しかし、友人達と数人。仮装した後ろ姿でよくこの中に忠臣が居る事に気付いたものだ。
気持ち悪…っと若干眉を潜めるシオンとそれが何となく嬉しい忠臣。
そして近付いて来た利桜が身を屈めるとふわりとその唇を持ち上げた。
「可愛いね、忠臣。キョンシーか」
「うん、そう、中国のゾンビ」
「凄い、物知りだね。俺キョンシーの忠臣と一緒に帰りたいな」
「う、うん」
了承を得たからなのか、他の友人達に向かって『じゃあね』と忠臣の手を引く利桜の動きは素早い。
シオンのむっとした表情に慌てて忠臣も手を振るも、呆気に取られたような他の友人達の表情に少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
けれど、折角利桜に会えたのだ。
中学生になった利桜は学校に部活にと忙しいらしく、中々会えない事が多い。それがこうして偶然とは言え会えた事が嬉しい。
「りおくん、お菓子居る?」
どうせなら貰ったお菓子も一緒に食べて貰えるだろうか。ドキドキと一つキャンディーを掴み差し出せば、にこりと笑みが返された。
「いいよ。忠臣が食べな。それよか、俺もお菓子あげたいな。うち来るだろ?」
「え、いいよ、」
一緒に食べるどころか、利桜の家からもお菓子を貰うなんて流石に無遠慮過ぎる。
ふるふると首を振れば目の前の札もゆらゆらと揺れた。
「何で?他の家からは貰えて何で俺からは駄目なの?」
「えー…そ、そう言う問題かな…」
「そう言う問題だよ。俺だって忠臣にお菓子あげたいよ」
少しだけむっとしたように眉根を寄せる利桜は子供だけど、もっと子供に見える。
それが何だか可愛らしく見えてしまうのは何故だろう。
「じゃ、りおくん家、行く」
いっぱいのお菓子を持ってくれた手とは反対に、忠臣の手を引いてくれるその手は暖かいと思った。
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