大福とチーズケーキ

1/3
前へ
/79ページ
次へ

大福とチーズケーキ

図体がデカい奴がしょぼくれていると、それだけで一気に室内の湿気が上がる気がするのは何故だろうか。 はぁ…っと洩れる溜め息も体格にあった肺活量で先程から小さな風を巻き起こし、一層鬱々とさせてくれる。 「…………で、何で俺の部屋で落ち込まないといけないんすかね…」 「だってっ!!前原全然部屋入れてくんないしさぁ!!行ったら行ったで和沙が鉄壁のディフェンスしてんだもんっ!!」 『もん』とか使わないで頂きたい。 どうやら前原と川添、喧嘩までは行かなくとも最近気まずい雰囲気に突入してしまったらしい。 元々はあの一年である黒木と川添がイチャイチャしていたのが原因らしく、それを見てしまった前原が誤解をした、と言うものらしいがすぐに必死の弁明もあり、対処した彼等であったものの、そこからも色々とあったらしい。 元気ハツラツ可愛い一年生の黒木。 物怖じしない性格と人懐っこいのもあるのだろう、何かあるごとにスキンシップが激しいらしく、きゃっきゃとはしゃいでは川添の腕に自分の腕を絡めたり、小柄と言う体格を生かし、すぐに背中に飛び乗ってくる等のコミュニケーションを図っていたようだ。 それに対し、脳は筋肉、身体も筋肉、主食はプロテインなこの川添。 気は短く、ヤンキー集団の頭のような男ではあるものの、元々は気さくなタイプ。 そんな男が顔見知りでもあった一年の黒木に懐かれ、悪い気がしないのは当たり前。しかも黒木も空手部で割と優秀な選手と言うのもあり、笑顔でスキンシップを受け入れ、可愛がってしまうのは自然の摂理と言うものであろう。 勿論、二人に先輩後輩以上の感情等無いのであろうがそれを見ていた前原としては面白くは無いと思った様で、色々と拗らせてしまった様子だ。 それは和沙も同じ。 しかも、和沙の方が導線も短ければ、沸点も低い。 前原を訪ねた川添に向かって、ほんの少しだけ扉を開けると、あの整った顔を半分程出し、 『脳の皺を増やしてから一昨日来やがれ』 と、だけ言われると勢いよく閉められたらしい。 (河野がちょっとだけ知的な事を言った…!) そこじゃない。 ふぅっと溜め息を吐き、ちらりと隣を見ると明らかに不機嫌そうな楓がスマホをベッドへと放るとこちらも大きく息を吐いた。 「つか、だったら部屋戻れよ。何で十時んとこ来るんだよ」 ごもっともだ。 そこが一番疑問でもある。 夕食が終われば殆どの時間を十時の部屋でイチャイチャタイムとして過ごす楓からしてみれば、この男の存在は邪魔者以外の何者でも無い。 特に楓の留学が決まっている今、時間に限りのある二人。 有意義に過ごしたいと思うのは当たり前の事だ。 「そう言うなよぉ〜、俺マジで凹んでんだからさぁ!!」 「凹んでても時間は過ぎんだろうが。帰れ」 「お前って本当に幼馴染甲斐の無い男だなぁ!自分に恋人が出来たら俺なんかポイか、この野郎っ!!」 「うるせぇな。こうしてる間にでも脳の皺を一本でも増やす為に豆知識とか調べた方がいいんじゃねーの」 (どっちもうるせー…) 十時の部屋に川添が入り浸っているのを知っている為か、河野も前原もこの部屋には来ない。 鉢合わし、もっと騒がしくなる事が無いのは有り難いものの、確かにこのままだと面倒なのは確かだ。 (それになぁ…) 何だかんだ前原も気の毒だけれど、このデカい背中を丸めている男も少しだけ同情してしまう。 誰の眼から見ても川添が前原だけをそう言った対象で見ているのは明らか。 黒木なんてただの後輩、良くて弟みたいなものとしか見ていない。 前原だって分かっている筈だが、何をそんなに拗らせてしまったのか。 一応十時は人の恋路に首を突っ込む事も聞き耳を立てる事もしない。あまり興味が無いと言うのもあるが、聞いた所でお役に立てる自信等ないからだ。 相談役としての経験値の薄さなんてティッシュ寄りのそれ。 (どうしたもんかなぁ…) 鋭いと言われる眦をぎゅっと下げ、腕組みする中、 「あーもういいや。十時寝ようぜ。おいで」 「え、いや…だって川添先輩…」 「いいって、ほっとけよ。俺等がおっ始めれば自分の部屋戻るだろ」 何をおっ始める気でいるのか。 眼鏡をベッド脇へと置く楓に眉間で500円を収納出来る程の濃い皺を寄せる十時だが、それ以上に川添が眉を釣り上げた。 「待てっ!お前も部屋に戻れっ!!俺がこんな思いしてんのに、お前だけラブラブチュッチュな事させねーからなっ!!」 「うっせーな、マジで。お前は精々まだ使えないチンコでも一人でしごいてろ」 勝手知ったる顔で十時のベッドへと寝そべり、しっしっと手の甲で仰いで見せる楓に肩を怒らせる川添。 ぎゃいぎゃいとまた言い合いが始まるのをぼんやりと眺め、十時はまた溜め息を吐くしか無い。 * 「いい加減にして欲しいんだけどさ」 次の日、若干の隈を従えた十時の目付きは最高潮に悪い。 そんじょそこらの生徒達ならばこの顔を見ただけで廊下のど真ん中を開け、大奥ごっこが出来そうな勢いだ。 「…川添先輩、内山田のとこ行ってたんだ」 肩を竦め身を縮ませる前原がごめんと呟き、下唇を持ち上げる。 今にも泣き出しそうなその表情に、眼を細める十時だが別に怒っている訳では無い。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1161人が本棚に入れています
本棚に追加