大福とチーズケーキ

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ご褒美が欲しい?なんて、妖艶な笑みに十時の眉間の皺が深くなるも、 「じゃ、チーズケーキで。前に作ってくれた桃のやつ」 「減点。そこは楓先輩って言うとこじゃねーの?」 がぶりと肩口を噛まれ、痛みとはまた違う感覚に首を竦めた。 「本当、そう言うとこが馬鹿で僕好みだわ」 「光栄っすねー…」 そう意地悪く笑う楓の表情が自分の好みだなんて、言ってやらないけれど――。 * 当たり前だが次の日の『あの二人』はどんだけ鈍い人間でも一目見て分かる程に右肩一直線上がりの機嫌の良さとなっていた。 川添は当たり前にニコニコと登校し、丸まっていた背中に漂っていた哀愁は欠片も見当たらない。 前原も、はにかんだ笑みを浮かべ、血色の良くなった肌色から見ても昨日は十時のアドバイス通り事を進めれたのが伺える。 『ちゃんと二人で意見言い合えば?』 たったこれだけの助言だけであったが前原からしてみれば、目から鱗だったようで。 『あの人根っこから素直って言うか、単純だから思い込みも激しけりゃ、言われた事や態度からも全部その通り受け取っちゃうみたいだからさ。好意もちゃんと悪気無く喜ぶタイプだし。お前があの人の気持ちが分からんように、あっちもお前の事どうしていいか分かってないみたいだから』 だからこそ、気合も十分に川添を呼び出したその日にしっかりと気持ちを伝えたのだ。 こんな自分が川添の側にいて良いのかと不安になった事。黒木と違って楽しませる事が出来るのか、結果ヤキモチとなり、行き場の無い思いを持て余し辛く当たってしまっていた、と。 思い掛けない前原の告白に眼を丸くし、ついでにヤキモチと言う単語ににやぁ…っと、だらしない表情を浮かべた川添だが、すぐにはっと背筋を伸ばすと、 『俺馬鹿だから、ちゃんと嫌な事とか言ってくれな。前原に嫌な思いさせたい訳じゃねーしっ、それに、好きな子は悲しませたくねーだろ…』 『それに俺はお前のありのままが良いんだから。誰かと比べる必要も無いからな』 顔を真っ赤にしつつ、大きな手で自分の手を握ってくれた。 それがたまらなく嬉しいと感じる事の出来た前原にもう不安は無い。 これからどうなるかは分からないが、それでも今はあの川添の言葉だけで十分だ。 こんなに彼のひと言で一喜一憂する日が来るだなんて思ってもみなかった事だが、そんな自分もちょっと好きだと思えるようになったあたりそれなりに成長したようだ。 それに、進んだのは二人の内情だけでなく、それっぽい事もほんの少しだけ前進したらしく、昨夜の事を思い出すと瞬時に赤くなってしまう前原に河野がひっそりと眉を潜めた。 「え?顔赤くない?風邪とかじゃないよね?」 「ち、違う、大丈夫、」 「本当?あの筋肉にうつされたとかじゃ、あ、違うか。馬鹿は風邪自体ひかないんだし」 出会ってから風邪らしい風邪をひいたのを見た事が無い河野に肩を竦めつつ、前原は、あっと斜め右を見上げた。 (そうだ、内山田にお礼言っとかないとな) 何だかんだ今回は彼が一番功労者とも言えよう。 同じ年でありながら、頼りやすい同級生。見た目は怖いけれど、内面はどちらかと言えばオカン体質なのもギャップとしてみれば高得点ではないだろうか。 タイミングが中々合わず、今も日直の仕事で不在の友人に、放課後にでもゆっくり礼を言いに行こうと、前原はふふっと眼を細めた。 早速寮に戻るなり、十時、河野と宿題をする中、こちらでもタイミングが掴めなかった前原は仕方ないと河野が入浴中に部屋を出ると急いで十時の部屋へと向かう。 一番奥の一人部屋。 向こうも風呂とかだったらどうしようか、なんて思いつつ扉をノックしようとした瞬間、 「あ、れ?」 ほんの少しだけ開いていた扉に顔を顰めた。 鍵を閉め忘れていたのだろう、学校寮の為事件性は少ないにしろ不用心だと思いながらもドアノブを引きつつ中を伺う。 「うちや、」 「十時ぃー、早くしろよ」 前原の呼びかけに被せられた声に大きく揺れた身体。 (………この、声) 聞いた事がある、とかではない。 知っているレベルの声が室内から聞こえて来た事に、前原の喉が上下に動く。 前にも一度、そうこの部屋から出て来たことのある男のモノだ。 「まだ髪乾いてないんだって」 そしてもう一つ、友人の声。 それに惹かれるように、中へと足音を立てずに進んで行く。いつもだったら絶対にこんな事しないであろうと言うのに、どうしてこの日は違ったのか。 そんな事あとの祭りだ。 ドキドキと心臓が煩い、もしかしたら中の二人に聞こえるかもしれない。 そう思いつつ、廊下からこそりと中を覗き見れば、ベッドに座る楓が甘えるように近づいた十時の首に腕を回しているのが視界に入った。 十時は背中しか見えていないものの、間違う事無く友人だと確信した前原は咄嗟に口元を押さえるも、脚が動かない。 その間も十時の腕を引っ張り自分の隣に座らせた楓がその耳元に唇を寄せる。 まるで映画のワンシーンのように、自然で、見惚れてしまいそうなそれ。 抵抗しない十時もだが、それ以上にあんなに甘い表情が出来る楓の方に驚きが多い前原だが、次の瞬間これ以上ないくらいにその眼が見開かれた。 「今日は最後までえっちしようーな」 「……また今度っつってもするんだろ?」 「ここ最近志木に邪魔されてばっかだったからさぁ。フラストレーションもあっちも溜まってんだけど」 「はいはい…」 そうして十時のシャツの裾から中へと手慣れた様に入り込む楓の指。 ――――え、嘘 え、えええ、 (えええええええええ…っ!!!!!?) あまりの驚きにがくっと膝が崩れそうになり、よろめく前原がやばいと体勢を整え、すぐに部屋から出て行こうとするも、 (―――――あ、) ―――バチ、っと合ってしまった視線。 眼鏡越しの、造り物のような眼にしっかりと映しだされているであろう己の姿に段々と血の気が引いてくるのが分かる。 どうしよう、何というべきだ。 今更言い訳をしたところで、変態と思われるか、最低と罵られるかのどちらかではないだろうか。 最悪の事態を想像しながら、じわりと眦にまで涙が溢れてしまうと言う、なんとも情けない姿を晒す前原だが、滲む視界で楓の唇がうっそりと持ち上がる。 そして、十時の首に回していた手で人差し指だけをそっと立てると、それを口元に当てた――――。 * (内山田には、バレて、ない、よな…) あの場からどう出て来たか記憶が無い前原はふらふらと覚束ない足取りで自室へと戻る中、梅干しにも負けないその色味に染まった顔を両手で押さえる。 (え、つか、やっぱ、あの二人って、) 前々からやたらと仲が良いとは思っていたが、確定した関係性は予想以上のものだったらしく、しかも進み具合もかなりのもの。 全然自分達とは違う。 男同士と言う点では一緒でも、中身が違うと言うか、品種が違うと言うか。 大福とチーズケーキくらい。 (まじかー…) まさか友人の濡れ場に出くわしてしまう羽目になるとは思いもしなかった前原から漏れ出る小さな呻き声。 今はまだ決して和沙には言えない事だ。 正直驚いた。驚いたなんてもんじゃない。 けれど、けれども、だ。 (……あれくらい、進んでるなら…これからの事とか、めちゃ相談しやすいじゃん) 転んでもタダでは起き上がらないくらいに逞しくなっている事に、自分自身気付かない前原は、ほうっとまた、その顔を赤く染めるのだった。 終 「………煽っただろ、先輩」 「え、気付いてたんだ、十時」 「…まぁ、一応、」 「えー、可愛いじゃん。黙ってされるがままになってたんだ」 「前にアイツらのキスシーン出歯亀したから…これでおあいこかな、って」 「………本当、そう言うとこだよな、お前って」 「は?」 「めちゃ好きだわ」
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