0円こそ正義

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0円こそ正義

毎日好きな物語を書いて、好みのお茶を淹れて、食べたい時に食事をし、眠たくなったら健やかに眠る。 可愛いお嫁さんはニコニコと常にいつまでも新婚の様に、子供は授かり物とは言うけれど、二人は欲しい。 幸せ家族計画、そんな理想が無かった訳では無い。 ただ大学を卒業し、それなりに社会に出ればそんな生活無理無理と思い知り、若かった自身を自嘲する日々もあった。 けれど、現実があまりに違い過ぎると言うのは聞いていない。 「たすくぅー、おはよ」 「…ん、あ?あぁ…はよ、」 「あー今日も好きぃ。ちゅーしよー」 朝っぱらからグリグリと頬を合わせてくるこの同居人は、決して可愛いお嫁さんなんかではない。 180越えの身長にそれに似合うた(におうた)ガタイ。 顔は誰もが振り向き、二度見するのも当たり前な美形だが、しっかりと性別は付いてるものは付いている、男だ。 「…お前は朝から元気だな」 「佑がいるだけで元気だよ、ほら、ちゅー」 自分の唇に人差し指を当てるだけでも、まるで雑誌のグラビアのようなそれ。 寝起きに顔がむくんでいる自分とは大違い。ついでに言えば張り艶も全く違う肌のきめ細かさに自ずと唇が尖るも、目の前の首根っこを掴むとそのままに、相手の唇に押し付けた。 * 絵本作家としてデビューして早二年。 まだまだ新人枠だが、サイン会や握手会、その他SNSを媒介に世間へのアピールを加えたお陰か、今やそれなりの知名度に上り詰める事が出来ていた。 そして、それだけではなく、本業の評判も上々ながら、人気のひとつに貢献しているのは常葉の顔出しだ。 『有名になるには話題性って必要でしょ』 己の顔が武器になると分かっている人気の発言は、信憑性もさながら実に重い。 絵本の挿絵の美しさもさながら、そこら辺の俳優顔負けの容姿にスタイル、そして天性のカリスマとでも言うべきか、あっと言う間に話題になると共に独自のファンを作り上げてくれた。 そうして、今回。 そんな常葉の挿絵を利用し、企画に上がったのがグッズ化と言うものだ。 ほいほいと呼ばれていった出版社の会議室の机には、ずらりと並んだサンプル品。 ポストカード、栞、ブックカバー、クリアファイルに万年筆。 様々なグッズに常葉以上に佑に眼が輝いた。 「すご、お前のイラスト綺麗に印刷してある」 「どうでしょうか、結構いい出来だと思うんですけど」 こちらもうきうきと張り切り具合がよくわかる程、笑顔を絶やさない担当の久保がくるりとサンプル品を持ち上げ回転させる。 「常葉、ほら、ハンカチにタペストリーとかある」 「いいでしょう、マニアにはたまりませんよ、これ」 ふんわりと優しい色合いが生地とマッチして非常に愛らしい。 「ちなみにエコバッグもあります」 ふふっと笑う久保から差し出されたエコバッグもこれまたいい出来だ。ちょっとした出版社のイベントやオンライン限定での販売となるらしく、個数も限定となればそれなりに競争倍率も高くなるだろう。 此処までしてもらえるのはかなりの幸運とでも言うべきか、それとも当然の売り上げがあるからなのか。 一時の話題だけでは終わりたくない。出来れば息の長い作家生活を送りたい。 煌びやか、且可愛らしいグッズを前にふむっと鼻息荒い佑だが、当の常葉と言えばあまりグッズには興味が無いらしく、グッズにはしゃぐ久保の元へと近づくとねぇねぇと声を掛けた。 「久保さん、そう言えば最近俺の顔とか使って自作で物販してるやつがいるんですよねー。ああいう輩って何とかなりませんかねぇ」 「えっ、そうなんです、いや気付かずお恥ずかしい」 「一応警告文とかそちらから出して頂く事できます?公式として」 「それは勿論、すぐに対処致します」 わたわたとどちらかへ電話をする久保を見遣り、常葉の隣へと近づいた佑はくるりとその眼を上へと持ち上げる。 「何その話。俺初耳だけど」 「佑はSNS疎いからなぁ。でも、そう言うとこも好きぃ」 「煩いなぁ…で、大丈夫なのか?」 確かに面倒なのと複雑だと感じ、一切のSNS管理は常葉にお願いをしている状態。けれどもそれは任せてとこの恋人自身が引き受けた事だ。 むっと眉を潜める佑も可愛いなんて軽口を叩く常葉の眼が涼し気に弧を描く。最近短く切った髪がさらりと揺れ、顎のラインへと差し掛かりもしっかりとフェイスラインを際立てるその流れに一層大人の色気を醸し出しているようだ。 「まあ、お遊びくらいなら大丈夫っしょ。ちょっと脅せば普通の奴なら自重するんじゃない?あー厄介なのも居るみたいだけどさ」 「厄介?」 「知らないけど、なんか信者とか呼ばれてるやつら?古参で信者で思い込みが激しいのか知らんけどちょっと最近動きも怪しいなぁって思ってるんだよね」 「ふぅん」 SNS上でも不審者顔、職質顔なんて判別できるのだろうか。 動きが怪しいと言うのがどういうものかは理解しがたいが、にやにやと口元に笑みを浮かべている辺り、何か考えがあるのかもしれない。 普段何を考えているのか分からない男ではあるが、決して佑の不快になる様な事はしない。 (そう言うとこは信用してる、っつーか…) 愛されてるなぁ、と自覚するところのひとつでもある。
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