小学生の教科書を参考に

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玄関を覗く桔平とその視線を受ける女性の間に挟まれた高齢の男。 数秒の沈黙の後、 「桔平ね」 女性の言葉に、あぁと唇を開けた桔平の眠たそうな眼も一緒に開かれる。 「もしかして、母親?」 「……………」 悪気の無い声音なのは分かるものの、まるで犬猫のような名称呼びに女性、もとい桔平の母親、梓の目元が少し引き攣ったのが感じ取れた。 「…久しぶりね」 「どうも」 挨拶もそこそこにぺこりと頭を下げるだけの孫は何てドライ。 祖父と言えば、一体何故此処に桔平の母親が来訪し、この対面を果たしているのかが分からない。この状況になってしまったのも意味が分からない。 軽い混乱を起こし、血圧も一気に跳ね上がりそうになってしまう。 約二十年。 桔平と別れて約二十年。会いに来るどころか、電話や手紙のひとつも寄こさなかったこの女性が何の目的があって、どのツラ下げてと言う気持ちも当たり前に無い訳では無い。 渋い顔になるのも当然の事、訝しむ視線を送っても仕方が無い事だ。 しかし、相変わらずと言うか、そんな元義父の眼差しもなんのそのな桔平の母親でもある女はピンと伸ばした背中はそのままに。 元々がバリキャリと言われる働く女性のお手本のような人間だったのもあり、隙の無い雰囲気は全く変わらない。 深堀してしまえば、どうしてこんな女性があんな元夫でもあるクズの代名詞に惹かれたのか。需要と供給の不思議がここにある。 「で、今日は…何の御用で」 ようやっとそう切り出し、咳払いする初喜に梓はすっと鞄から封筒を取り出すとそれを桔平に向けた。 「何?」 「通帳とキャッシュカード、そして印鑑よ」 「…何の、誰の?」 「養育費よ」 「は?」 養育費と言う言葉に祖父共々桔平から出て来た間抜けな声。 「何で今更」 至極まともな疑問に同時に首まで傾げる。 「払い続けていたからよ」 「払い続けてた?」 「貴方の父親に、一か月三万円、養育費として」 「はぁ!!!?」 これまた二人、息ピッタリのシンクロ率は脅威。 差し出された封筒を受け取り、恐る恐る中身を覗き見れば、そこには桔平が眼にした事の無い数字が一番上に記載されていた。 「……ろ、ろっぴゃくま、」 みなまで言わず、声に出た動揺は感じ取れる程。 だが、そんな義父と息子に動揺すら見せない梓は続ける。 「一括で払っても良かったのだけれど、この養育費が桔平との繋がりかと思って父親でもあるあの男にコツコツと払っていたのよ。でも桔平も二十歳になると思って連絡を取ってみれば、育てていないって言うじゃない」 「ま、まぁ…」 「信用していた私にも責任はあるけれど、どうにも腹立たしさが残ってたから取り上げて来たの」 「と、取り上げて来た?」 「現金で一括。今まで私が払い続けた養育費がそこにあるわ」 それは取り立てと言うのでは。 「元来それは貴方が受け取るべき、貴方のものよ。それを十年以上あの男が受け取っていたのだから、しかるべき処置だわ」 いや、しかし、そう聞かされてしまえばあの父親のクズさにもっと拍車が掛かっただけの事。 きっとあちらの家では大変な事になっているであろうと容易に想像もつく。 絶縁している初喜ですら今にも倒れんばかりに顔色が鮮やかな青へと変色している。 「あちらの奥様が一括で出して下さったから助かったしね」 「………あぁ」 「じゃ、私はこれで」 「えっ!!」 くるりと踵を返す梓に反応したのは初喜のみ。 孫を見遣れば、ひらひらと手を振りさよならのポージングに眼を見開いた。 「え、き、桔平、お前いいのか、」 「何が?」 至極あっさりとした答えに自分が可笑しいのかと戸惑う。梓の方もこれ以上何かと言わんばかりに眉を潜めているのが余計にそれを煽ってくれているようだ。 「い、や、だって梓さん、桔平だって、その…もうちょっと何か話す事は、」 「あー養育費…ありがとうございます」 「それだけか…?」 「えー…あとは、別にねーけど…」 「私もです」 え、えぇ… 「では、桔平。身体にはお気を付けなさい」 「そっちもね」 じゃ、また明日。 それくらいの挨拶で別れを告げ、一度も此方を振り返る事もなく真っ直ぐに去って行った梓を見送り、初喜はまじまじと通帳を眺める桔平に視線を向けた。 「……あれで良かったのか、お前」 「そうだな。もうちょっと礼を言うべきだったかも」 「いや、た、例えば、」 そうだ、あの二人だって今日は来ている。 紹介はしなくとも、大事な人が出来た、将来を誓い合っている人が居るくらいは言っても良かったのでは。 そう、それこそ親に伝えるべきことでは、 「は?紹介したじゃん。じーちゃんにもばーちゃんの墓にも行ったけど」 きょとんとしたその表情。 それに祖父も間抜けな顔を晒すも、桔平の心配そうな顔がお出迎え。 「じーちゃん達が親だろ?」 「あぁ…、そう、言うこと、な、」 「大丈夫かよ」 ――――つまりは、 「小学校の時も道徳の授業でもあったし。血は水より濃いけれど、育ての親は偉大だって」 「まぁ、でも生んでくれた事にはちゃんと感謝してるし」 (なるほど…) 桔平の両親は祖父母だ。 それは桔平の中で当たり前の事。 『トイくんとニーナくんも言ってたし。両親はお前んとこのじーちゃん達だろって。幸せ者だってさ』 いひひっと笑いながら通帳を振る孫の背中を横目に、初喜は誰も居なくなった玄関の扉を閉めた―――。
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