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何ら役にも立たない
かつてここまで悩んだ事があっただろうか。
決して深くは無い、どちらかと言えば平たい方と呼ばれるであろう人種であるにもかかわらず、眉間には深い皺、濃い陰影を纏う表情には汗まで浮かび上がり、苦悶する様子が見受けられる。
ぶっちゃけて言えば人相が悪い。
良くも悪くも正直な子供であったら泣くレベルだ。
でも、これは仕方が無い事。
彼は今悩んでいるのだ。文字通り苦悩していると言えよう。
(クリスマス…プレゼント、って何やればいいわけ…?)
まさかここに来て恋愛偏差値の低さが露見するとは。
いや、恋愛偏差値が低いとか云々言う前に相手が男だと言う事に問題があるのかもしれない。
しかも普通の男では無い。
相手は常葉だ。
顔も良ければスタイルだって比例している。
才能もあれば、陽キャと呼ばれる社交的な性格に、いい加減そうに見えるのに仕事にはきっちりとしているギャップだってある。
帰国子女だし、ハーフだし、キャラブックを製作すれば広辞苑の厚みが出来るだろう。
そんな男に一体何をやればいいのか。
(全然思いつかん…)
こう言っては何だが由依と付き合っている時は正直楽だった。
欲しいものを聞く前に『今年はこれがいいなぁ❤︎』と伝えてくれていたからだ。今思えばあざとさが見え隠れしていたのだろうが、当時の佑が気付く訳も無く、ほいほいとバイトを増やしていたのを思い出す。
ほろ苦い思い出でしかない。
(いや、違う違う)
今はそんな思い出をつまみに干渉に浸っている場合では無い。
常葉だ、常葉のプレゼント問題だ。
こんな事にぐだぐだと悩み続けて気づけばもう来週はクリスマス。
一緒に過ごそうね、と毎日毎日語尾みたいに言われ続けているのだ、彼が当日を楽しみにしているのが痛い程分かる。
去年は結ばれたのがクリスマス当日と言うのもありプレゼントなんて用意していなかったのは仕方ないとして、今年は違う。付き合い始めて始めてのクリスマス、それなりに何か用意をしてやりたいと思うのは恋人として当然の事だろう。
仕方が無いと頼るはネット。
ご用意したスマホを覗き見る。
色々とランキング形式に出てくるプレゼント候補を上から下まで舐めるようにチェックすれば、ブランドものの財布だの、ネクタイだの、キーケースだのと出てくるが正直参考にはならない。
確かに常葉の持ち物にブランド品は多いが、最近はそれに固執した様子もなく、むしろ佑が百均等で購入した箸や皿、二人で出掛けた先でのアウトレット店で何気無く『これ常葉に似合いそう』なんて呟いたモノを嬉しそうに購入使用している。
「えー…どうしよー…」
コレは思い切って常葉本人に聞いた方がいいのでは?
腕組みしながらうんうんと唸る佑だが、
「ただいまぁ」
と聞こえた声にその肩がびくりと跳ねる。
咄嗟に隠したスマホはズボンのポケットの中へ。
「…何してんの?」
近くのコンビニへと出掛けていた常葉がビニール袋片手に訝しげに目を細めながら近付いてくるも、流石にお前のクリスマスプレゼントを探していたなんて言える筈も無い。
リサーチも出来ない恋人だと思われる以上にカッコ悪い。これでも5歳差と言う年齢差を若干気にしている佑はそろりと眼を逸らした。
「な、何でっもない」
「めっちゃ噛んでるー。えー何何、スマホ隠したよねぇ。もしかして浮気?それだったら佑を殺して僕も死ぬからね。もしくは相手殺して佑は一生監禁で全て僕がお世話する事になるけど、どっちがいい?」
結論的にはどちらも地獄とも取れる極端すぎる選択肢を二つ差し出されて『こっちがいいな』なんて言う奴が居たらお会いしたい。
もこもこのマフラーを脱ぎ捨て一気に此方に詰め寄る常葉が冷たい頬をぐりぐりと当てる様に佑の眉が寄る。
「浮気なんてしねーし…」
「じゃ何してたの?」
「別に、ちょっと調べもんだって」
意外としつこい常葉はおまけにかなり嫉妬深い。
大体神が課金したレベルの顔と身体を持っていて何を不安に思う事があるのだろうか。心配するならば佑の方だ。
当たり前にモテる常葉と一緒に歩いているだけで不必要な視線の流れ弾を喰らっているのに。
「本当にぃー?僕佑に振られたら今度こそ廃人決定なんだからさぁ、そこんとこ分かってる?」
「…おう」
よく分からんけれど。
返事はしておくに限ると適当に相槌を打つ佑だが、しばらく視線を彷徨わせると未だ抱き付いたままの常葉へと顔を向けた。
「なに?ちゅーする?」
ふふっと笑う常葉の可愛さにキュンとなっている場合では無い。
「お前さ…、」
「うん?」
二人掛けのソファで余裕があると言うのにぎゅうっと抱きつかれて狭さを感じる。
「ほ、欲しいもの、とか、あったりするか?」
「欲しいもの?」
結局聞いてしまった。
情けなさを感じるものの、浮気疑惑でウザ絡みされるよりもマシだろう。何より常葉に心配をかけたく無いと思う佑は観念したようにスマホも取り出す。
「クリスマス…近いしさ、」
「あー…なるほどね、もしかして僕のプレゼント考えてくれてたとか?えー凄い嬉しい」
いつも甘い宝石のような目がキラキラと輝くのを見遣り、佑はこっそりと溜め息を吐き出した。
「その、なんも思いつかなくてさ」
「そんなの凄い簡単じゃん、あれでしょ、日本では当たり前なんでしょ、確か、」
ーーーー私をプレゼント、ってやつ❤︎
確かに語尾にハートマークが見えた。
日本のクリスマスが何か違う伝わり方をしているようだ。
あからさまに顔を歪める佑だが、常葉はニコニコと話を続ける。
「頭にリボンをつけてぇ、裸で待っててくれるんだよねぇ?生クリームデコレーションだっけ?あ、チョコレート?」
しかも色々と情報が交差しているらしい。
やばい、このままだと普通に女体盛り的な事やわかめ酒的な事まで間違えた認識で覚えてしまうかもしれない。
「いや…それ、違う、違うくないけど、こう、何かちょっと違うって言うか…」
「えー僕佑がやってくれるのかと思って期待してたのに」
「じゃ聞くけど…今までの歴代彼女がそれやってたか?やってないだろ?」
「やってたよ、僕実際に私がプレゼントだよ、って勘違い発言されて萎えたの覚えてるし」
どこが?とは聞かずに居るのが大人としての常識。
しばしの沈黙の後、
「じゃ、やっぱそれ駄目じゃん。俺がしたら萎えるどころか、腐り落ちるかもしれんぞ…」
やれやれとそう切り返してみれば、きょとんとした風に眼を見開く常葉があはははっと口を開けて笑う。
「何言ってんの、佑がやってくれたら僕二日位寝なくても大丈夫だよ、勿論佑は寝ててもいいけどさぁ、寝れるかは分かんないけど」
色々と意味を知るのが怖いけれど、理解出来た事は分かる。
つまりは、
「ーーーー俺自身がプレゼント、とかでもいいって事?」
「当たり前じゃん、特に佑からエッチしよ、なんて言われたらすっごい嬉しーっ、僕泣いちゃうかも」
そう言われてみれば悪い気はしない。それどころか、確かに佑から誘った事も無い事に気付き、浮かび上がる罪悪感。
だったら、プレゼントは俺、でいいのだろうかと一瞬思う佑だが、待てよ、と斜め上を見上げた。
「でもさ…これからずっと一緒に居るんだし、それってプレゼントって言わなくね?…やっぱこう言うイベント時には違う気がするんだよなぁ…」
うーんと首を捻る佑の隣では常葉がきゅっと眼を瞠る。
溶け出しそうな紅茶色した眼がふるふると揺れると、その整った顔が見てわかるほどに段々と赤く染まっていく。
「な、何、常葉?」
「すっごい殺し文句だよ、それってぇ…」
もじもじと肩を揺らす常葉の眼が熱を孕んだように潤い、絡めた腕に力が篭った。
「佑って時々凄くドキっとする事言ってくれるよねぇ、僕だって不安になるわ」
少しむくれた頬をまた擦り寄せてくるその仕草が愛らしく、思わず唇を当てれば常葉の気の抜けた声が室内へと響く。
「佑ぅー、めっちゃ好き」
「俺も好きだよ」
「正直こっちのクリスマスって俗物的だなって思ってたけど、佑と過ごせるって言うだけで幸せだなって思うっ」
「…そ、っか」
何となく思う事はあるものの、そうだ、結局二人で過ごせる普通の時間と言うものがあるだけで幸せなのだ。
あまり気負い過ぎ無くて良いのかもしれない。
考え過ぎたところで時間の無駄、実は何ら役にも立たないのでは?
「一緒にケーキ買って、ピザでも取る?」
「うん、で、何だかんだ僕も佑にプレゼントはしたいなって考えてたから買い物しよー」
「そうだな…」
ニコニコと嬉しそうなその顔が見れるだけで、
(うん、幸せだーーーーー)
「で?佑は全裸にリボンは大丈夫?やばーい、僕ドキドキしてきたぁ」
ーーーーそれは彼の中で決定なのか、期待に満ちた眼に一瞬頷きそうになった佑が後日安達の元へと相談に行くも、聞いてもいないクリスマスまでに彼氏ゲット作戦と言う長々しい話を聞かされる羽目になるのを、今はまだ知らないのだ。
終
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