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片手にオレンジペコー*
久しぶりにふらりとやって来た飲み屋は学生時代よく利用していた店だ。
大学を卒業してからは一度も来ていなかったが、久々に近くを通りかかったのもあり、そう、本当にたまたま、偶然、だって、仕事も休みだったし、
(……………いや、うん)
余計な言い訳は、辞めよう。
本当は、会いに来た、のだ。
この店の店主、ママと言うべきか。
「…やば、緊張してきた…」
扉を前にごくっと喉を上下させる男はふんっと鼻から息を吐くと、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。
*
村山優斗が彼に会ったのは、本当に偶然。
早朝、なんと仕事帰り。
始発に乗って家に帰ってくると言う、普通ならばあり得ない退勤状況なのだろうが、繁忙期には珍しくも無いと会社の先輩は覇気の無い眼で薄ら笑っていた。
そんな事を思い出しながら近くのコンビニに寄ってゼリーでも購入しようと思っていた時だ。
コンビニに入ろうとする優斗とコンビニから出て来た団体客。
(やりらふぃー…)
そんな単語が脳内に浮かび、避けようと身を捩じったのだが疲労が蓄積された身体はそんな信号に上手く反応出来なかったようだ。
ドン、っと肩と肩がぶつかり、ぶつかった男からぎろっと睨まれる。
そこからはお決まりとでも言うべきか、昭和の展開とでも言うべきか。
『何わざとぶつかってきてんの?』
『んだよ、何か文句でもあんのかよ』
『何お兄さん、やんの?ああ?』
正直煩い。
こちとら疲れているんだ。さっさと帰って布団に潜り込みたい。
何が嬉しくてこんなピタシャツ、ダメージ加工済みぴちパン着用男子と急接近しなければならないのか。
蛍光色の遣われたスニーカーとか目に優しくない。
これが可愛い女子ならばピタシャツなんて泣いて咽び泣く所なのに。
だが、そんな余裕をぶっこいている場合じゃない。
『すんません…』
面倒さもたたり、適当に謝罪したのもいけなかったらしい。
いきなりぐっと胸倉を掴まれたかと思うと、優斗の身体はぐっと外へと連れ出される。
酔っ払っているのだろう、眼が若干据わっているのがやばさを際立たせている。
一発ぐらい殴られてもいいかな。
それで早く解放されるのならば、それでもいい。それほどまでに早く帰りたいという気持ちが先行していたのだ。
けれど、
『何してんだよ』
何処からともなく聞こえた声に優斗の胸倉を掴んでいた手がびくっと揺れたのが振動で伝わった。
『邪魔なんだよ、どけよ』
低い声が心地よい。
耳の痒い所をがりがりと刺激するような、腹の下辺りがぞわっと浮き上がるような、ちょっとセクシーなそれ。
そして、優斗以上に反応したのはやりらふぃーの男達。
ぱっと優斗から離れると、『な、なんだよ、調子乗るなよっ…!』と、言いつつもバタバタとそこから離れる三下の見本の様な後姿をぼんやりと見送った優斗は次いで声の下方へと視線を向けた。
『大丈夫か?』
『は、い、…何か、すみません…』
思いの外顔が上にある。顔を上へと上げると、こちらを見下ろす男がそこに居た。
シルバー混じりのベリーショートにくっきりとした二重が印象的な眼力ある双眸。
すっと通った鼻立ちに唇は厚めで正真正銘の男前の人種だ。
男らしい、そんな言葉がぴったりの身体付きはオーバーサイズの服の上からでもわかるくらいに逞しいのが見て感じ取れる。
(わ…めちゃカッコいい…)
中々自分の周りではお目に掛かれるタイプではない。
優斗自身も大学時代には身体は鍛えていた方だが、社会人になってからはそれも疎かになり、板チョコと呼び名もあった筈の割れていた腹筋は、最近では溶けてただのなだらかな一枚板。
だからこそ余計に男の現在進行形で鍛えているのであろう身体が眼に入ってしまうのかもしれない。
先程まで半分閉じていた眼もくっきりと開き、羨望の眼差しを送ってしまうが、はっと我に返ると勢い良く頭を下げた。
『あ、あの、ありがとうございます、』
助けて貰っていたのに礼も言っていない。
今更だがそう口早に告げれば、頭上からは聞こえて来たのは笑う声だ。
『久しぶりだな、お前』
『え、』
―――久しぶり?
こんな人と知り合いだっただろうか。
どうしよう、話を合わせるべきか。
でも、と躊躇している間に、男はふふっと口角を上げた。
何処か、艶っぽいその笑い方。
既視感あるそれに、自然と傾く首に男がまた笑う。
『やーねぇ、忘れたの?アタシよ、ア•タ・シ♡』
パチンとウインクひとつ。
あ。
『な、』
和さ、ん?
しばし呆気に取られた風に口を開けたままの優斗に、和こと、安達はクスクスと笑ってみせるのだった。
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