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その後、お礼がてらにケーキ持参で安達の店に行ったのが切っ掛けになり、また足繫く通うようになるまで時間は掛からなかった。
「あら、いらっしゃい」
そう言ってカウンターにすわる優斗におしぼりを差し出す安達は今日もギラギラだ。
スパンコールの擬人化と言われそうなニットを着ているからとかではなく、メイクやアクセサリー、靴までもがキラキラとしたものが多い。
派手だなと思うが、すっぴんの安達を見てしまった今、これくらい全てを派手な方が似合うのだろう。
あんなにメイクが無くてもはっきりとした顔立ちなのだ。どちらかと言えばしょうゆ顔と言われている優斗からしてみれば少し羨ましい。
しかも、筋肉も改めて見ても素晴らしい。
そこら辺の女性くらいひょいっと片腕で持ち上げられそうな腕に胸の厚みも自分の倍はありそうで、思わず見惚れてしまう。
「何飲む?ビール?」
「あ、そうっすね」
大学生時代は此処で楽しく友人達と飲んで騒ぐ事だけしか考えていなかったからか、こうした気付きにも眼を向ける事が無かったが少しは大人になったのかもしれない。
「これ良かったら食べなさい」
すっと小鉢によそったきんぴらを出す仕草も身体に似合わず細やかで卒が無い。
「ありがとうございます…」
「何、今日も疲れ切ってるわねぇ」
「まぁ」
あ、美味しい。きんぴらのぴりっとした辛みと甘みの塩梅が丁度いい。
「これ、うま」
「ありがとう、アタシの手作りよ」
いつもの風を起こしそうなウインクに笑みを返す優斗はふぅっと息を吐いた。
今日は普通に週の中日と言う事もあって客は彼ひとり。
もそもそとビールを飲みながら、きんぴらを摘まむ。
「まじでうまい」
「……あんた、顔色悪くない?本当に疲れてんのね」
疲れているというのもあるだろうが、何となく人恋しい気持ちなのかもしれない。
社会人になったはいいが、慣れない業務、苦手な人付き合い、伸し掛かるプレッシャー。
気楽にヘラヘラとしていた学生生活とのギャップに辟易しながらも、時間だけが過ぎてこんなもんかと思っていたが、こうしてまた安達の店に足を運ぶようになったら、何となく体温が戻って来たかのように安心感から身体の力が抜ける。
それに自炊もするが、殆どコンビニ弁当ばかりの食事の優斗にとって家庭的な味を出してくれるのも有難い。
「まったく…碌なもん食べてないんでしょ、ほら、おにぎりよ。食べなさい」
「わ、味噌汁もある」
「ちゃんと噛んで食べるのよ」
一体そんな爪でどうやっておにぎりなんて握るのだろうと思わない訳ではないが、安達のガタイの良さでこんな可愛らしいおにぎりを握る姿を想像すると、ギャップで何だか可愛らしいと思ってしまう。
(うま…)
飲む味噌汁と言うよりは野菜多めの食べる味噌汁。
こんな感じで、週一程度で通うようになった安達の店は優斗にとって居心地良い場所となったのだ。
*
今更だが、この安達は友人の恋人の友人である。
(舌嚙みそう)
今日もやって来た安達の店内は店主と違いシンプルな内装だが、一部分だけ店の雰囲気とはそぐわないコーナーがあったりする。
絵本が並べてあるのだ。しかも三冊ずつ。
その絵本作家が安達の友人であり、挿絵を担当しているのが優斗の友人だ。
三冊程出版しているが、全てが中々の売上であり、前に雑誌で特集されていたのも見た。
友人として誇らしい。こちらまで嬉しくなってしまうのは、未だ近況報告だのと細かく遣り取りをしているからかもしれない。
まぁ、相手からの報告はほぼほぼ惚気だが。
今度飯でも誘ってみるかと、ぼんやりと絵本のコーナーに近づき一冊手に取れば、埃一つ無いそれ。
(多分、だけど、)
安達はこの人が好きなのだろう―――。
前に一度電話をしている安達を見た事がある。
『あんたはそんなんだから舐められるのよっ、本当に佑ってば、もう…』
小言を言いつつもいつもとは違う、真っ赤な唇を上げるだけの笑みでなく、ふふっと静かに笑う姿。困った風に眼を細めるその姿に、優斗はそろりと視線を下ろした。
友人の恋人は男。偏見は無い。
安達のジェンダーだって初対面時にびくっと後ずさりしたくらいで、その後は何ら疑問に思った事もない。
(そうか、そうだよなぁ)
友人の恋人は、良い人だ。
何度か食事もしたりした。五歳上のもっと大人で、美人だとかイケメンだとか言う訳ではないが落ち着いた清潔感のある男性。夢だった絵本作家になれたのは常葉のお陰だと照れた風に笑い、その日から優斗の中での人の良さそう選手権でぶっちぎりの一位枠へと君臨している。
―――と、言う事は、だ。
安達は叶う事の無い恋をしているという事だろうか。
友人のふりをしながら、彼の悩みを聞いたり、愚痴を聞いたり、惚気を聞いたりしているという事なのか。
(つらたーん…)
良い男でも望みの無い恋をする事もあるんだなと手入れされている絵本をコーナーへと戻す。
「何?欲しいならあげましょうか?三冊あるし」
なるほど、布教の為にも三冊あるのか。
カウンター越しにそう声を掛ける安達へと振り向き、優斗はにやりと白い歯を見せた。
「大丈夫、うちにも二冊ずつあるから」
*
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