片手にオレンジペコー*

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白いカットソーにジーンズ姿。 キャップを被った和は当たり前に優斗の前に屈んだ。 何、一体どうして? ぱちぱちっと瞬きしながら優斗が身体を起こそうとするも、それをスイカでも片手で鷲掴み出来る手が制する。 「寝てなさい。どうせあんたの事だから何にも食べてないんでしょ」 「は、はぁ…」 「台所借りるわよ」 「へ、あ、うん…」 半ば強引にベッドに埋められるのではと言う勢いでベッドに戻されぽんぽんっと布団を叩いた安達はさっさとキッチンへと向かう。 (マジで、何…?) 何やら作業し始めた安達の後ろ姿を訝し気に見つめる事三十分ほど。 一人暮らしを始めた頃一目で気に入って購入したテーブルの上にどんっと乗せられたおひとり様用の土鍋にレンゲ。 そしてその隣にはカットされたリンゴとプリンも置かれる。 「………いや、何?」 「見てわかんないの?おかゆよ、おかゆ」 「…こんな鍋うちにないけど…」 「アタシが持ってきたに決まってるでしょ。食べれそう?つか、少しでも食べなさい。薬飲まなきゃでしょうが」 ほらっと優斗の背中に手を差し入れ、ひょいっと軽い力でベッドの上へと座らせると、とんすいにおかゆと、これまたどこから持って来たのか、潰した梅干しをひとつ乗せた安達はそれにレンゲを添えた。 「一口でもいいわよ」 「……あ、はい」 気怠い身体ながらも温かい湯気と梅干しの香りに腹が刺激されたのか、ぐぅっと小さな音を立てる。 ほかほかと温かいとんすいを受け取れば掌に伝わる熱がじわりと目元まで感染したかのよう。 「い、いただきます…」 「どうぞぉ」 流石にこれを芸人のように一気に口へ流し込む事は出来ない。 ちびっとレンゲの先に乗せたかゆを一口。 (あ…) ほんのりと塩気のする柔らかく甘みのあるかゆと梅肉の酸味が舌へとダイレクトに伝わるが、優しい味わいだ。 「うんま…」 労力を使わずとして、するっと体内に入り熱とは違った温かさを感じさせてくれるのも有り難い。 「美味しい?」 「めちゃ、うま…」 飯なんて明日でもなんて思っていたが自分が思う以上に欲していたようだ。 少しずつではあるが確実に土鍋のかゆは減っていく。 何だかんだと時間を掛けてほぼ完食すると、ついでにリンゴもひとつ。齧るとその甘味にほわりと優斗の眦が下がった。 こんなにリンゴが旨いと思った事は無いかもしれない。 「あんた薬はあるの?」 「あー…置き薬飲んだ」 「やだ、あんたこれとっくに消費期限過ぎてるじゃないの、もうっ」 開封された薬の外箱をチェックし、安達が持参したビニール袋から出されたのは風邪薬。 「そんな事だろうと思ったわよ」 何処まで用意がいいのだろう。 この食材だって安達が購入してきてくれたもの、その上土鍋まで。 さぞかし荷物になった筈なのに、と薬を飲んだ所で、優斗ははっと安達へと顔を向けた。 「あ、あの、」 「何よ」 空になった土鍋やとんすいを片す安達。 そうだ。 この男は何故この家に、優斗の所へとやってきたのか。 鍋までしょって。 そんなの鴨くらいだと思っていたが。 (いや、あっちはネギか) いや、今考えるべきはそこではない。 「え、っと、なんで…此処に?」 そう、これがまず一つ目の疑問。 「あんたが体調が悪いって言うから」 「ーーー言いました、っけ、俺…」 電話もしていなければ、メッセージを送った記憶も無い。 「ーーーアイツ、あの子にアンタが言ってたじゃないの。体調悪いって」 アイツ?あの子? そう言えば、電話をした。 熱のせいでぼんやりとしか記憶に無いが、思い出されるのは友人の声。 「うちの店に来てたのよ。それでアンタも呼ぶって言ってね。でも電話したら体調悪い。熱は?って聞いてもらったら熱もあるって言うから」 「ーーーーへ、え?」 そう言えば、あの時常葉以外の話し声が聞こえていたような。 「しばらく忙しくて店に来れないのは知ってたけど、体調まで壊してるなんて聞いたら、ねぇ」 ほんの少しだがバツが悪そうに眼を細める和の姿に優斗の眼が大きく開く。 (それ、って…そのままの、意味?) つまり素直に受け取れば、優斗の為に此処まできてくれた、と言う事だ。 しかも、金曜日と言う忙しいであろう日に、店を閉めてまで。 え、ええー… ぶわっと顔に熱が籠る。 これは風邪からの熱では無い。少し照れ臭くて、恥ずかしさも若干あり、そして純粋に、 (めっちゃ…嬉しい、かも、) 頬と口角がくすぐったい。 だって、自分の為に家族や友人でもない他人が此処までしてくれるなんて初めての事。 正直何かして得になるような男では無いと自負しているだけに、余計に有り難みが増すと言うもの。 想像していた可愛い彼女ではないが、おかゆまで作って貰う憧れのシチュエーションまで与えてもらった。 いや、安達だからこそ嬉しいと思えたのかもしれない。 何だかそこにある特別を貰えたようでーーー。 「まぁいいわ。兎に角今日は寝なさい。分かったわね」 「う、うん」 もぞりとベッドの中に戻る優斗を横目にキッチンへと運んだ食器を安達は早速洗ってくれている。 かちゃかちゃと小さく聞こえてくる音と流れる水の音。 それらをぼうっと聞きながら、自然と重たくなってきた瞼がふるふると震える。 薬が効いてきたのかもしれない。腹が満たされたからかもしれない。 (やば…また寝そう…) 折角安達が来てくれているのに。 まだ聞きたい事だってある、お願いしたい事だって、 「あら、眠れそう?」 「な、ごみさん、」 「何よ」 「何で、男の姿、なんすか、」 言うに事かいてそんな疑問かよ。普段の優斗ならばそんなセルフツッコミが入りそうなものだが、今日はお熱優斗なのだから仕方無い。
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