嬉しくない筈は無いけれど、流石に気が引けるという、言い訳

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嬉しくない筈は無いけれど、流石に気が引けるという、言い訳

バレンタインのチョコを初めて貰ったのは、幼稚園生の頃。 幼稚園の先生から手作りしてみたよぉ、と可愛くラッピングされたクッキーを皆一枚ずつ貰い、例に漏れず桔平もそれを受け取った。 家に帰ったら祖母が手作りしていたチョコたっぷりのホットケーキを食したものだ。 一年に一回とは言え、女性からこんな素敵なものをいただけるなんて。 幼い桔平の眼はキラキラと感動に満ちる。 尤も、一ヶ月後にはお返しとなるものをあげる日を知らない彼は、幸せそうに口元をチョコで汚していたのだった。 そうこうしている間に、大人になった彼は現在ふつうに恋人を持つ青年へと成長。しかし、ただの恋人では無い、同性、つまりは相手は男で、しかもそんじょそこらのモデルや芸能人顔負けの美形とスタイルを保持。生活面においても高スペックな上に、なんと二人と言う。 世間様にはあまり堂々と出来ない関係ではあるものの、ビッチ上等と唇を噛み締める桔平は日々の同棲生活を楽しんでいた。 ーーーいた、のだが、 「……チョコ?」 食事の最中、新名からの『明日ってチョコとかあんの?』と言う問いに桔平の首が傾げられる。 「なんで、チョコ?」 「は?明日バレンタインじゃん」 「あー…あぁ?」 確かに明日は2月14日。 軟派も硬派も多少なりは浮かれ、期待し、不安する日。 さぞかし机の中やロッカーの中を五分置きに探り回す男子学生も多かろう。 けれど、桔平に言わせれば、 「ーーーだから?」 東伊と新名が居る今、自分にバレンタインなんて関係無い。貰えるにしたって会社の女性社員から見て分かるくらいの義理チョコを貰う程度だろう。 「もしかしてチョコ食べてーの?にーなくんそんなにチョコ好きだっけ?」 どう見たって東伊や新名の方がチョコを貰う確率は高く、その中の八割は本命、二割は食べて大丈夫だろうかと躊躇するようなものだと桔平は確信している。 現に彼等は学生時代に一枚石のようなチョコを貰い、カナヅチで割ったら中から髪の毛が混入していたものを貰っていた筈。 いや、そんな話はどうでもよくて、だ。 「ちげーわ。きっぺーは俺等に用意してねーのかな、って話じゃん」 「え、俺?」 そう言われても一瞬疑問が浮かんだのは、桔平だって今まで貰う立場に居たからかもしれない。 しかも高校時代は男子校と言うのもあり、全くと言っていい程そんな日を気にした事も無かった。勿論一部はそわそわざわざわとしていたらしいが、桔平がその輪に入れられる事も無く、何事も無い普通の日として過ごしていたのが事実。 けれど、こうして二人と付き合い始めて、初めてのバレンタイン。 もしかして東伊も新名も自分のチョコを期待していたのだろうか。 だったら、申し訳ない。 「…何も、用意してない、っつーか…」 肩を竦め、恐る恐る馬鹿も驚く程の正直さで伝えてみれば、ふふっと東伊が薄い唇を持ち上げた。 「そんなこったろうと思ったよ」 「えー俺は結構期待してたんだけどなぁ」 (えぇ…) なんてこった。今までの恋愛経験の積立が全く足りていないどころか、皆無な自分の不甲斐なさが浮き彫りにされるとは。 当日に用意すればいいのかとも思ったが、言われて用意するのもどうだろう。仕方なしに用意したと思われるかもしれない。 「あー…あの、俺その、バレンタインとか全然頭に無くて、さ、」 言い訳がましいが本当の事なのだから仕方ない。 無縁だったイベントと言うのに加え、男同士なのだから。 「まぁ、それは想定内だったけど、やっぱショックはショックだよな。一応この世間では恋の日って言うか、愛の日って感じだもんな」 「感謝を伝える日でもあるけど、やっぱ恋人からチョコ貰えないってのはなぁ」 東伊に続き、新名からもそんな事を言われてしまえば、募る罪悪感に不甲斐なさ。益々桔平の肩が狭まっていくが、 「じゃあさ、俺等がやるから受け取ってくれる?」 「――へ、」 にこやかに微笑む東伊に桔平の背筋が伸びる。 「それいいな、俺等で明日のバレンタイン用に用意しとくわ」 新名もにこっと長い睫毛を揺らしながら良いアイディアだと言わんばかりに笑顔を見せた。 「え、そ、それでいいの?」 現金なモノで東伊と新名からバレンタインのチョコを貰えると聞いて、眼に輝きが戻る桔平は前のめりに二人へと顔を近づける。 「いいよ、その代わり文句は無しな」 「返品とか気に入らないとかもも無しな」 そ、 「そんなの当たり前じゃんっ!!俺、なんでも嬉しいしっ、」 そうだ、そんなの一億と二千年前から決まっている事。 大好きな二人にバレンタインにチョコを貰えるなんて幼少期の時のように多幸感が溢れ出す。 (嬉しい、普通に嬉しい) こんなに嬉しい気持ちになるのだ。 やっぱり二人にきちんとバレンタインチョコを用意すべきだったと思う桔平だが、ホワイトデーがあると思い出せば切り替えも早い。 ホワイトデーは何にしようか。 二人の事を考えればワクワクと心も弾む。 ニマニマと緩む頬から米が零れ落ちるのを拾いつつ、そんな桔平を慈愛に満ちた目で見遣る二人の口元は薄っすらと三日月を模った。 * 「――――――何、これ」 バレンタイン当日。 仕事も終わり、いつもの如く三人仲良く帰宅。すぐに食事の準備を始めた新名の後ろ姿に惚れ惚れとしながら、風呂掃除を済ませる。 寒いからとお取り寄せクエ鍋で腹を満たし、満足したところで東伊が食後の茶を用意し、一つの紙袋も一緒にテーブルへと。 「これ俺と新名から」 「わ、あ、ありが、」 とう、と続く筈だった桔平の言葉が止まる。 何だろう、この紙袋から放たれる只ならぬオーラは。 安易に手を出してはならない、そんな気配を感じる。 まるで玄人の格闘家を前にしている様な気分に、桔平はそろりと二人を見遣った。 「何?」 「開けろよ」 「―――――…う、ん」 人差し指で恐る恐る袋の中を覗き見れば、そこにあるのは一つの小さな箱。だが、その存在感は半端ない。重厚感も感じる。 (この箱…サイズ…つか、このロゴとか…) 世間に疎い桔平でも見た事がある、聞いた事もある、このブランド名。 は、はりー… (ポッターじゃない…方の…) 背中を伝う汗が気持ち悪い。 もう一度東伊と新名を見れば、嬉しそうにくすくすと笑うその姿に感じたのは違和感だ。 あ――――。 二人の左手薬指にあるのは初めて見る指輪。 見て分かる、お高いやつだ――――。 「何あげても良かったんだろ?」 「文句はねーだろうし」 「ちゃんと毎日しろよ。その為にシンプルなのにしたんだから」 「何あげても嬉しいなんて可愛い事言ってくれるからちょっと本気出した感じだよなぁ」 やられた、と思ったと同時にホワイトデーは一体何をしてやればいいんだと固まる桔平は存在の重厚感だけでなく、 「嬉しい?きっぺー」 「………わー…う、れしー…」 左手薬指に感じる物理的な重みにも中々慣れない日々を送る事が決定したのだった。 勿論、後日。女性社員からその指が凝視され、ガールズトークに無理矢理引き込まれるのだ。 終
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