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チーズケーキはワンホール
四月になり、滝村楓は三年、内山田十時は二年に無事進級。
和沙も何とか担任の健康と引き換えに進級できる事となり、その時の前原の喜びは咽び泣かんばかりの勢いだったのは、彼なりの苦労が労われたからであろう。
そうして、次に新入生が入ってくるのだ。
自然と十時達も『先輩』と言うモノになる。
教室の窓から外を見遣れば、真新しい制服に身を包み、ほくほくとこれからの高校生活に不安と期待を入り混じらせる、はにかんだ少年たちの姿に十時も思わずほくそ笑んでしまうと言うものだ。
「かわいー」
思わず口に出してしまえば、
「は?僕以上に可愛い子がいるの!?何処っ!?」
窓に凭れる十時の背後から重みとそんな声が伸し掛かる。
相変わらずの和沙の物言いは二年生になったところで変わる訳も無い。
「なーんだ。全然ブスと普通のばっか。僕の足元にも及ばないね。遠目だからなんでも可愛く見えてんでしょ?それとも視力落ちた?僕の顔毎日見てんだから美的感覚は培われてる筈なのに」
いや、益々パワーアップしてるのかもしれない。栗色の髪をさらっと指で撫でながら、尖らせる唇は今日も相変わらずつやつやな桃色だが、残念ながらその高い自意識に意識を全部持って行かれてしまう。
「和沙…」
隣でげっそりと肩を落とす前原も今回は同じクラスだ。
*****
「早速空手部に入部希望で仮入部した奴がいるんだって」
「え?もう?」
早くね?
ふにふにと自分の指を背後から揉む楓の笑う声が耳を擽る。
今日もチーズケーキ片手にやって来た楓を当たり前に受け入れ、ベッドの上で所謂いちゃいちゃタイム。
雑誌を読む十時をまるでクマのぬいぐるみを抱っこするかのように抱きしめる楓は一見細身に見えるも、がっちりとした筋肉は健在のようだ。
意外と常にひっついていたい楓に特別文句も無い十時。
いや、むしろ、
(この人本当可愛い…)
来年には修行の為日本を出て行くのは決定している。だからこそ、二人の時間を大事にと思っている十時は少しだけ首を捩じると、肌触りの良い頬に自分の頬を合わせた。
「志木先輩、張り切ってるとか」
「かなりね」
眼鏡越しに見える楓の眼はいたずらっ子のよう。
「顔見知りの奴も入学してきたから、やれる間はしごくだろうな」
「へぇー…」
顔見知り。
と言う事は、楓も知っている人物なのだろうか。
紹介してもらえる事もあるのだろうか、と思うよりも先に、
「まぁ…あんまり一人で近づくなよ」
「………は?」
(――――どういう意味?)
はぁっと洩れる溜め息と共に送られるキスは気持ちがいい。今日のチーズケーキは桃を使っていたからか、甘いしっとりとした匂いも香り、いつも以上に力が抜けてしまいそうになる十時だが、今日は楓の言っている意味が気になって仕方ない。
「どういう意味、近付くなって」
「面倒なんだよ」
「面倒、」
「河野とか志木とはまた違うベクトルで面倒つーか…」
「よく分からんけど、楓先輩と一緒なら大丈夫って事?」
「そうだな…僕と一緒に居た方がいいかもな」
あははっと無邪気な笑う楓なんてこんな間近で見れるのは十時だけだろう。
(かっこいい、好きだな…)
チーズケーキまで作れて最高じゃん。
そっと目の前の眼鏡を外す十時にまたうっそりと笑う楓はその背中に手を回した。
*
あーはいはい。
面倒と言うのはこう言う事か。
あの時楓が言っていた意味を思い知ったのはその二日後だ。
「ちょっと、」
放課後の帰り道。
廊下でいきなり背後から声を掛けられ、十時、和沙、前原と、同時に振り返った先に居たのは少し大きめのブレザーに身を包んだ生徒。
生意気そうな気の強さを伺わせる大きめな目に、平均的な身長、ネクタイの色からして新入生、つまりは一年だと言うのは分かったが、誰の知り合い?と目配せをする三人の様子からして顔見知りと言う訳ではないようだ。
しかし、相手はそんな事関係がないようで、ずいっと一歩前に出るとじろじろと三人を見遣り、真ん中にいた和沙をぎゅっと睨み付けた。
「もしかして、あんたが楓先輩の恋人?」
そんな爆弾発言と共に。
何を言ってくれるんだ、と思ったのは十時だけではない。
前原も瞬時に顔色を変え、わたわたと一年と幼馴染を交互に見遣り、何か取り繕うとするも、反応が早かったのは和沙の方だ。
「はぁ!!!?何言ってんのっ!楓って、あの陰険眼鏡でしょっ!!!何で、あんなのの恋人なんて言われなきゃいけないんだよっ!!!」
見て分かる怒髪天モード。
ぎぃっとただでさえ大きい目を限界まで見開き、今にも飛びかからん勢いだ。
やばい。色々と、
「は?違うの?じゃ、どっちがとと、」
うん、名前まで知っている。
そこからの十時の動きは早かった。
十時と前原を見遣っていた一年を小脇に抱え、脱兎の勢いで廊下を走り抜ける。
残像も残らぬ、その素早さ。
抱えらた本人も一言も声を発する事が出来なかったらしく、人気の無い教室に放られると『ぐお、っえ、』と、ようやくしゃがれた音を鳴らした。
はぁはぁと息を整える十時も、そこで改めて対峙。
眉を顰めると、額の汗を手の甲で拭う。
冷や汗だ。
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