1.乗車

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 目深に被ったロシア帽の下で、黒々とした眉が太い線を引いている。彼もまた大量のトランクが積まれたカートを従えており、傍には可憐な若い夫人が蒼褪めた顔で立ち尽くしていた。 「二号室だ。荷物を運び入れておけ!」  ポールは呆気に取られながらも反射的に応答した。 「かしこまりました」 「いいか? 中身は貴重品だ。一つでも壊したら、貴様の安い給料が丸一年分消えることになる。乱暴に扱うんじゃないぞ」 「承知いたし――」  男性客はポールの返事を最後まで聞くこともなく、さっさと車両に乗り込んでしまった。夫人が慌てて追い掛ける。通り過ぎざま、「すみません、お願いします」という彼女の呟きが聞こえた。 「……おやまあ」  先に我に返ったのはコンスタンティンだった。珍獣でも見たような顔で顎を擦っている。 「遺物みたいな輩だね。彼は何者だい?」 「ええと、二号室……エドワード・カセッティ氏です」 「知らんねぇ。あれじゃ、奥方が可哀想だ。随分怯えていたように見えたけど」  と、彼はカセッティ氏が置いていったカートを見下ろした。 「可哀想なのは、ポール、君もだったね。仕方ない。僕は自分で赤帽を探してこよう」 「ああ、いいんですよ。後で誰か捕まえてきて、ついでに全部運ばせますから」  コンスタンティンは気前よくチップを握らせた。 「すまないね。あんなのとこれから何十時間も缶詰めとは。気が滅入りそうだ」 「おっしゃる通りで」  ポールは青年貴族を見送り、早速荷運びに取り掛かった。 「うっ……重い……!」  車掌、ポール・ミシェルは御年五十二歳。そろそろ腰に不安が出始めている。
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