1.乗車

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1.乗車

 ターミナルには熱気が満ちていた。忙しない人々の歩み。交わされる別れの抱擁。そして何より、出発を控えたオリエンタル特急の熱い息遣いが、ドーム屋根の下で渦巻いている。待ち侘びた寝台列車での旅路を前に、旅行客の興奮も最高潮に達していた。 「二等車両はもっと後方ですよ。ちょうどあの時計の辺りです」  彼を目掛けて乗客たちが集まってくる。オリエンタル特急の車掌であるポールは差し出される切符を見、一人ひとり丁寧に案内していった。  せかせか歩きの小男の案内を終えると、次に待っていたのは変わった風貌の青年だった。精悍な顔つきは年齢以上の貫禄を備えており、所作のすべてが劇掛かっていた。金の混じる茶色の髪をきっちりと撫でつけている一方で、西洋と東洋を掛け合わせたようなちぐはぐな服装をしている。彼は毛皮の襟巻に顔を埋めながら、ポールに向かってにこやかに挨拶した。 「やあ、ポール。また君に当たったね」 「これはコンスタンティンさん。お久しぶりです」  彼はいわゆる貴族の放蕩息子というやつだ。「見聞を広げるため」と称して世界中を旅して回っている。その帰路にオリエンタル特急を使うことが多かったので、いつの間にかポールとも顔馴染みになっていた。 「今日は赤帽(ポーター)が捕まらなくて。悪いんだけど、僕の荷物を運び入れておいてもらえないか?」  コンスタンティンはカートに載せたトランクの山を指差した。彼の尊大な口ぶりも、ガラクタみたいな土産物の山も、すべては金と権力によって許されている。 「よろこんで」 「おい、車掌!」  突然の大声に二人はビクリと身を縮める。振り返ると、大柄な髭面の中年男性がポールを睨み付けていた。
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