第六章 霊媒師こぼれ話_ジャッキーと占い師

4/34
前へ
/370ページ
次へ
◆ 「悪かったよ」 ブランチに入った店で両手を合わせてあやまった。 千夏はほっぺをふくらまし、最初は文句のパレードだったが…… 「本当に信じられない。1カ月も放っとくなんてありえないよ。でもいいや、帽子買ってもらったから許してあげる」 そう言って、通りすがりに急いで買った、安物の野球帽を愛おしそうに撫ぜたんだ。 「帽子、安いやつでごめんな。とにかく千夏を隠さないとと思ってさ、選んでいる余裕がなかった。今度はもっと良いやつを買ってやるから、約束する」 そう、この帽子は店先にワゴンで出ていたセール品。 ただでさえ目立つ千夏、それに加えて髪は長くてホワイトベージュだ。 眼鏡だけの変装じゃあ心許ない。 買ったその場で頭にかぶせてみたんだが、髪も顔も良い感じに隠れてくれた。 応急処置によく似たもの……の、つもりだったが、予想に反して千夏がすごく喜んでいる。 「いいよ、私この帽子が気に入ったの。ジャッキー、ありがと。ずっと大事にするからね」 「いや、でもそれ千円もしない安物じゃない。いくらなんでも安すぎだ。そうだ、このあと食事を終えたら見に行こうか。淋しい思いをさせたお詫びだ。好きなのを選ぶと良いよ」 「もう、いいって言ってるじゃない。私は本当にこれが気に入ったの。だって……ジャッキーが私の為を思ってくれたものだもの。……私、変装なんかしなくても誰も気づかないよ。テレビも舞台も出てないし、仕事がぜんぜん来ないんだ。あはは、ダメダメだね。最近の仕事は先々週のエキストラ。セリフなんか一つもなくて横断歩道を渡っただけ。役者の仕事よりバイトのシフトの方が詰まってるくらいだもん。ホントに、……こんな私を本気で心配してくれるのはジャッキーだけだよ」 自虐的に少し笑って、それでも千夏は決して曇っていなかった。 帽子のつばに隠れていても、その目は前を向いている。 強い子だな……年は若くて20才(ハタチ)になったばかりというのに。 自分より8コも下の女の子、……だけど時折、ひどく大人びて見えるんだ。 ____いつか必ず誰もが驚く役者になるの、 千夏はこれが口癖で、仕事がなくても腐らず稽古を続けてる。 美しいだけじゃないんだよ。 夢を追いかけ、苦難があってもへこたれない強い意志も持っている、……だから、惹かれたんだろうな、だから好きになったんだ。 「……キー? ジャッキー? どうしたの? 私の事じっと見たまま黙っちゃって、…………あ、もしかして、私に見惚れてたとか?」 アイスティーの氷をカラカラさせながら、イタズラ顔で千夏が聞いた。 幼子みたいな可愛らしさは、20才(ハタチ)のそれとは思えない。 本当に表情がよく変わる子だ。 もっと顔が見たいな、その手にふれて体温を確かめたいよ。 ここは外だがそのくらいは良いだろう。 自己判断で頷いて、テーブル越しに腕を伸ばして小さな両手を捕まえた。 包んで絡めて強く握れば、血の温かさが伝わってくる。 「……ああそうだ、見惚れてたんだよ。千夏が綺麗だから、千夏の事が好きだから、……ダメか?」 素直に思った事だけど、鬱陶しいならもう言わないと、そう言いたかっただけなのだが、……途端千夏は俯いた。 そして、耳まで真っ赤にさせながら、 「そういうトコ……本当にズルイよね、……ダメな訳ないじゃない、……ああ、もう……ヤダ」 なぜか怒られてしまったのだ。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

472人が本棚に入れています
本棚に追加