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◆
「悪かったよ」
ブランチに入った店で両手を合わせてあやまった。
千夏はほっぺをふくらまし、最初は文句のパレードだったが……
「本当に信じられない。1カ月も放っとくなんてありえないよ。でもいいや、帽子買ってもらったから許してあげる」
そう言って、通りすがりに急いで買った、安物の野球帽を愛おしそうに撫ぜたんだ。
「帽子、安いやつでごめんな。とにかく千夏を隠さないとと思ってさ、選んでいる余裕がなかった。今度はもっと良いやつを買ってやるから、約束する」
そう、この帽子は店先にワゴンで出ていたセール品。
ただでさえ目立つ千夏、それに加えて髪は長くてホワイトベージュだ。
眼鏡だけの変装じゃあ心許ない。
買ったその場で頭にかぶせてみたんだが、髪も顔も良い感じに隠れてくれた。
応急処置によく似たもの……の、つもりだったが、予想に反して千夏がすごく喜んでいる。
「いいよ、私この帽子が気に入ったの。ジャッキー、ありがと。ずっと大事にするからね」
「いや、でもそれ千円もしない安物じゃない。いくらなんでも安すぎだ。そうだ、このあと食事を終えたら見に行こうか。淋しい思いをさせたお詫びだ。好きなのを選ぶと良いよ」
「もう、いいって言ってるじゃない。私は本当にこれが気に入ったの。だって……ジャッキーが私の為を思ってくれたものだもの。……私、変装なんかしなくても誰も気づかないよ。テレビも舞台も出てないし、仕事がぜんぜん来ないんだ。あはは、ダメダメだね。最近の仕事は先々週のエキストラ。セリフなんか一つもなくて横断歩道を渡っただけ。役者の仕事よりバイトのシフトの方が詰まってるくらいだもん。ホントに、……こんな私を本気で心配してくれるのはジャッキーだけだよ」
自虐的に少し笑って、それでも千夏は決して曇っていなかった。
帽子のつばに隠れていても、その目は前を向いている。
強い子だな……年は若くて20才になったばかりというのに。
自分より8コも下の女の子、……だけど時折、ひどく大人びて見えるんだ。
____いつか必ず誰もが驚く役者になるの、
千夏はこれが口癖で、仕事がなくても腐らず稽古を続けてる。
美しいだけじゃないんだよ。
夢を追いかけ、苦難があってもへこたれない強い意志も持っている、……だから、惹かれたんだろうな、だから好きになったんだ。
「……キー? ジャッキー? どうしたの? 私の事じっと見たまま黙っちゃって、…………あ、もしかして、私に見惚れてたとか?」
アイスティーの氷をカラカラさせながら、イタズラ顔で千夏が聞いた。
幼子みたいな可愛らしさは、20才のそれとは思えない。
本当に表情がよく変わる子だ。
もっと顔が見たいな、その手にふれて体温を確かめたいよ。
ここは外だがそのくらいは良いだろう。
自己判断で頷いて、テーブル越しに腕を伸ばして小さな両手を捕まえた。
包んで絡めて強く握れば、血の温かさが伝わってくる。
「……ああそうだ、見惚れてたんだよ。千夏が綺麗だから、千夏の事が好きだから、……ダメか?」
素直に思った事だけど、鬱陶しいならもう言わないと、そう言いたかっただけなのだが、……途端千夏は俯いた。
そして、耳まで真っ赤にさせながら、
「そういうトコ……本当にズルイよね、……ダメな訳ないじゃない、……ああ、もう……ヤダ」
なぜか怒られてしまったのだ。
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