第九章 霊媒師こぼれ話_エイミウの星の砂

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鏡台に座った瞬間、甘い香りが仄かに漂った。 これは……化粧品の香りだろうか、それとも香水だろうか。 香りは甘く爽やかで、どこか気持ちがホッとする、緊張が和らぐ気がする……正直これには救われた。 私は未だ鏡が苦手で一人の時なら見る事が出来るけど、他の誰かがいる時は、……特に、綺麗な人が同じ部屋にいるだけで、気持ちが後れて挙動不審になってしまう。 ユリさんは天女のように美しいから少し心配だったのだ。 だけどこれなら気持ちが落ち着く、おかしな事にならなくて済みそうだ。 ユリさんは忙しそうだった。 鏡台の引き出しを開けたり閉めたり、そのたびにブラシだとかヘアアイロンとか、オイルだとかムースとか、色んな物を取り出した。 昔だったらブラシ以外は見ても何だか解らなかったと思うけど、此処数年間で学習したから今なら解る。 そう、一つ一つ教えてもらったのだ。 整髪料も化粧品も服飾も、何も知らない無知な私を笑いもせずに、ユリさんと弥生さんとマジョリカさんが手取り足取り教えてくれた。 最初は座学で、……けれど、口頭の説明だけでは私が本当に理解出来たか心配だからと、買い物はみんなで行くか、それでなければ誰かしらが来てくれた。 私はそれをありがたいと思った。 同時、美女三人の知識を分けてもらうのだから、同じ事は二度聞くまいと必死になって覚えていたのだが……それが、何時(いつ)からだろう。 覚える事も大事だけれど、それ以上にみんなと過ごす時間の方が楽しくなった。 本当に数年前なら考えられない。 過去の私が今を知ったら度肝を抜くに違いない…………などと、無益な事を考えていると。 「水渦(みうず)さんが1人で笑ってる」 ブラシで私の髪をとく、ユリさんと鏡越しで目が合った。 「も、申し訳ありません。髪をお願いしていると言うのに、薄ぼんやりとしていました」 まったく、私如きがなんたる失態。 猛省するべく背筋を伸ばすとユリさんが天女の笑顔を私に向けた。 「ボンヤリするのは良いコトです。ほどほどに力を抜いて、なんでも気楽が一番だって社長と義父(ちち)が言ってたもの。私もそう思います」 「清水はともかく、ユリさんとお義父さまがそう仰るなら間違いないのでしょうね」 清水誠は嫌いではない。 だがしかし、常日頃奴は力を抜きすぎだから説得力に欠けるのだ。
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