第一章 霊媒師こぼれ話_岡村英海

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早急かつ迅速なヒアリングを、……と思ったのだが、すぐには聞けなかった。 それより先に、お客様が割って話し出したのだ。 ____つーかよ、なんかさっきから引っ掛かるんだよな。……あんたさっき ”岡村” って言ってたよなぁ? 岡村……岡村か……その声に聞き覚えがあるぞ……あんた、もしかして…………岡村君? 昔、営業だった岡村英海(ひでみ)君じゃない?  え!? 僕の名前、なんでフルネームで知ってるの!? それに以前の部署まで知ってるなんて……前に話した事があるのかな……? 言われてみればどこかで聞いた事のある声だ。 うんと昔に話した事があるような…… 「……はい、おっしゃる通り、私は岡村英海(ひでみ)でございます。……お客様、以前にもこちらにお電話をいただいたのでしょうか?」 恐る恐る聞いてみた。 もしかしてこんな聞き方、「俺の事を覚えてないのか!」なんて怒られてしまうかもしれない。 だけど本当に分からないのだ。 怒られるのが嫌だからと、知ったかぶりしてウソをついたりしたくない。 そんなのは失礼だもの……だから、この後の相手の出方を見てたんだけど、結局、僕の心配は杞憂に終わった。 ”岡村英海(ひでみ)” と名乗ってすぐに、電話の相手は激変したのだ。 トーンが下がって穏やかに、……だけじゃなく、驚く事に弾んだ声でこう言ったんだ。 ____なんだよ、忘れちゃった? 冷たいなぁ。ま、そうは言ってもあれから5年も経つんだもんな。仕方ねぇや。俺だよ俺、”瀧澤建設” の瀧澤龍士(たきざわ りゅうじ)だよ! 岡村君が営業辞めちゃう時、最後にドーンと電話機いっぱい買ったじゃない! 瀧澤建設……って、ああ! 「瀧澤社長!? え! 本当に瀧澤さん!? わぁ! びっくりだ! お元気でしたか? 嬉しいなぁ! まさか今日瀧澤さんと話せるなんて! 奥様とお嬢様もお元気です? 奥様は京香さま、お嬢様は永遠(とわ)さま! 永遠(とわ)さまはもう高校生ですよねぇ? 早いなぁ!」 緊張から一転、思わず声が弾んでしまった。 電話の主は僕がいた前の部署、営業時代に良くしてくれたお客様だ。 瀧澤建設のビジネスホンもファックスもコピー機も、ぜんぶ僕が提案した。 会社の規模、事務所の広さ、かかってくる電話の量、そしてもちろん予算も含め、一生懸命考えて、どうしたら仕事がやりやすくなるかを練りに練って、見積書を作り、ご説明させていただいたんだ。 瀧澤社長はあの頃、「ウチの会社は火の車なんだ、電話機もコピー機も安いので充分だ」が口癖で、僕以外にも営業が行ってたみたいだったけど、どうせ買ってはくれないだろうと、見積書すら作らなかった。 僕も正直、ご提案したところで買わないだろうと思ってた。 でもね、それでも何度か訪問するうち、こんな事を言いだしたんだ。 「ホントはな……いつかウチもよ。一流の会社にあるような、ボタンだらけのビジネスホンってヤツを入れてぇと思ってるんだ。だってよ、カッコイイじゃねぇか」 身体が大きく日に焼けて真っ黒な、イカツイおじさんが照れたように笑ったの。 その顔を見た時……なんだか力が抜けちゃって、買ってくれなくてもいいや、だけど見積書は作ろう。 いつかこの先、火の車じゃなくなってカッコイイ機器一式を買える日が来るかもしれない。 その日の為の予行練習……のつもりで、気合を入れて作成したんだ。
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