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「お先に失礼します……」←どんよりな僕
「ああ、おつかれ……」←同じくどんよりな課長
2人して乾いた言葉を短く交わし、僕はカバンと、それから京香さんからいただいた煮物と野菜を手に持って営業一課を後にした。
後ろ手にドアを閉め、エレベーターを使わずに階段を降りていく。
移動を思うと気分が沈み、下る足も重くなる。
思えば移動は今回が初めてだ。
入社以来、僕はずっと営業一課でやってきた。
毎年毎年、移動の時期がやって来るたび、今度こそ移動になるかとドキドキしてさ、……でもならなかった。
課長も部長も冗談めかして、「岡村君はずっとこのまま、定年まで一課にいなさい!」なんて言っててさ。
定年までは大袈裟だけど、それでも、あと数年は動かないと思ってたんだ。
だって、3年間移動がなければその後しばらく動かない、動くならもう3年経ってから……という、社内の噂もあったしね。
はぁぁ……ため息出ちゃう。
営業は大変だけど、僕にはけっこう合ってたし、これからもっと頑張りたいと思っていたのに、……なのにさぁ、移動だなんて淋しいよ。
しかも、移動先はハードと名高い ”お客様相談センター”。
大丈夫かな……やっていけるかな……正直言って自信がないや。
行きたくないなぁ……(ボソッ)
仕事内容もあるけどさ、なによりも僕のお客様達は、みなさんとても良い方ばかりで優しいの。
今日だって瀧澤社長や京香さんに、良くしてもらって癒してもらって、野菜も煮物も持てせてもらって………………あーーーーさみしーーーー!
「はぁ……ダメだ。なんだか気持ちが落ち込んじゃうよ。帰る前に一息入れよう」
ブツブツと独り言ち、僕は2階の憩いの場、休憩スペースへと向かったのだが……
……
…………
「こんな事言いたくないけどさ、もう少し責任持って仕事してくれない?」
え……?
なに……?
休憩スペースに向かう途中、聞こえてきたのは女性の声。
大きな声ではないけれど、強い苛立ちが含まれている。
喧嘩……?
こんな所で誰と誰が?
いや、この声に聞き覚えがある。
これはおそらく……五十嵐の彼女、茉奈ちゃんのものだ。
一体何があったんだ……茉奈ちゃんは誰に文句を言ってるのだろう?
どうしたものかと考えながら、とりあえず、極力音を立てないようにスペースへと近づいた。
もっと揉めるようならば、止めに入る覚悟を決めて、ソロリソロリと距離を詰めてく。
近づく程に声がはっきり聞こえだし、普段の僕は喧嘩なんて絶対ないから、緊張感に胃がキリキリし始めた。
「はっきり言って迷惑してる。突発休みは多いしさ、いや、休むなとは言わないよ。体調が悪い時は仕方がないもの。でもアンタ、休んだその日に元気な写真をSNSに上げてるよね? 知らないとでも思ってた? アンタのアカウント、みんな知ってるよ。出てきたら出てきたで、すぐにフラフラどっかに行って帰ってこない。書類もミスが多くてさ、注意されればこれみよがしに泣き出して、結局、注意した方が悪者になるの、はぁぁ……もう勘弁してほしいわ」
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